第2話 旅立ち

 ユーティアはかがめていた腰を上げて背筋を正す。

「はい、そうですけど……」

 子どもたちは怯え、母も不安そうに様子を見ていた。

 彼は苛立たしげな様子で息をつくと、ユーティアのそばへ片膝をついた。

「どうか、無礼をお許しください」

 と、ユーティアの身に着けた淡い桃色のスカートを一気にめくりあげる。

「きゃああ!?」

 途端にほっそりとした白い脚があらわになると、その場にいた全員が驚きの声を上げた。

 びっくりしたユーティアはとっさにスカートを両手で押さえる。

「な、ななな、何なんですか! 何を、な、何の用があってわたしなんかを!?」

 青年は顔を真っ赤にするユーティアにかまわず、立ちあがると淡々と用件を告げた。

「あなたを王都にて保護させていただきます。これから私と一緒に来てください」

 頭の中が真っ白になって状況が理解できない。唇を震わせるばかりのユーティアに青年はまた言う。

「これが正式な国王からの召喚状です」

 そして見せられた紙切れに、思いがけず視線を奪われた。――それは初めて目にする代物だったが、国王の直筆と思われるサインが記されている。青年の真面目な表情からしても、それが偽物だとは思えなかった。

「……ど、どういうことですか?」

 と、ユーティアが問いかけると、青年は今さら周囲の様子を気にして言う。

「ここでは話せないことです」

「何故?」

「……あなたの身に、危険が迫っているのです」

 子どもたちが不安をあおられて騒ぎだす。ユーティアはいまだ状況を把握できずにいたが、青年はこれ以上のことは言ってくれそうにない。

「よく分からないけど、分かりました。わたしは王都へ行けばいいんですね?」

 ユーティアがそう聞き返すと青年はうなずいた。

「ええ、そうです。来ていただけますね?」

「はい」

 そしてユーティアは母を、子どもたちの方を見た。

「心配しないで、みんな。きっと、そんなに大げさなことじゃないわ。すぐに帰ってくるから」

 と、いつものように笑みを浮かべる。

 心配そうに母がうなずき、子どもたちはただユーティアを見つめるばかりだ。

 青年は気まずそうに、ひとつため息をついた。


 自室で荷物をまとめていたユーティアは、先ほどのことを思い出して複雑な気分になっていた。女性が人前で必要以上に肌をさらすのは恥ずべきことだった。いまだ恋人にすら見せたことがないのだから、なおさら恥ずかしくてたまらない。

 洋服を詰め終わると、ふと机の上に置いた木箱へ目を向けた。おもむろに両手を伸ばして箱を近くへ寄せる。そっとふたを開ければ、この二年間でたまった手紙の山が視界を埋めた。――王都イザヴェルで軍隊に所属している恋人からのものだった。もしかすると久しぶりに恋人と会えるかもしれない。そうユーティアは期待するが、それでもあまり気分は変わらなかった。

「……鞄に入るかな」

 ユーティアは手紙をいくつか取り出して鞄の中へ入れようと試みたが、それだけの余裕はもうないようだった。最低限必要な物を入れただけなのに布製の鞄はすっかりふくらんでいる。

 ため息をついて手紙を木箱へしまう。――どうせ用が終われば故郷へ帰してもらえるだろうし、わざわざ持っていくこともないだろう。

 それから身だしなみを整えて居間へ下りると、両親が暗い顔をしていた。店はすでに閉店したらしい。

「もう支度は済んだの? 都会へ行くんだから、ちゃんとお行儀よくするのよ。それと、あまり人様に迷惑かけないようにね」

 母はそう言ってユーティアの服装を整えてやる。

「大丈夫よ、そんなに心配しないで」

 と、ユーティアは鞄を肩にかけなおした。

 椅子に座っていた父も娘へ視線を向け、少し寂しそうに笑う。

「何があっても自信を失くすんじゃないぞ。もう子どもじゃないんだから、しっかりな」

「ええ、もちろん」

「村の外で兵士さんが待ってるわ。行ってらっしゃい、ユーティア」

 親元を離れるのはユーティアにとってこれが初めてのことだった。この村で生まれ育ち、遠出する時はいつも家族と一緒だった。

「うん……それじゃあ、行ってきます」

 と、ユーティアは玄関の扉を開けた。――不安や心配はあるけれど、行かなくてはいけない場所があるのだから行くしかない。わたしは大丈夫だもの。

 家を出て歩き始めると、噂を聞きつけた村の人々が口々に声をかけてきた。ユーティアはいつものように笑顔で彼らに応えながら、村の外にある馬車を目指して進む。

 目的地が目と鼻の先になったところで、ふと背後から声がした。

「ユーティアお姉ちゃん!」

 振り返ると、今にも泣き出しそうなヴィアンシュがいた。どうやら走ってきたらしく、息を切らしながらこちらを見つめている。

「これっ、あげる!」

 と、ヴィアンシュは右手に握ったものをユーティアへ差し出した。そちらへ手の平を向けると、可愛らしい木彫りの花のペンダントが手渡された。真ん中にはまった赤い石が沈み行く夕陽に照らされて、きらきらと輝く。

「……ありがとう、ヴィアンシュ」

 にっこりと微笑んでそう返すと、ヴィアンシュはうれしそうに泣くような笑顔を見せた。

「早く帰ってきてね、みんな待ってるから」

 ――故郷を離れることがこれほど辛いものだとは思わなかった。彼女に背を向けて歩き始めたユーティアは、人知れずため息をこぼす。そして再び前を向き、青年の待つ馬車へと急いだ。

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