第1話 ユーティア・サルヴァ

 愛するギュスター様へ


 返信が遅れてしまってごめんなさい。流行り病がとうとうこの村にもやってきて、村全体で大騒ぎになっていたんです。

 わたしはかろうじて病にかからずにすんだのだけれど、まだ気が抜けません。王都の方はもう大丈夫ですか?

 特別部隊に配属されたということですが、どんなお仕事をしているんですか? やはり忙しいんでしょうか?

 毎日大変な仕事ばかりで体調を崩したりはしてませんか?

 あなたのことだから大丈夫だとは思うのですが心配です。あまり無理はしないでくださいね。

 話は変わりますが、つい先日、村の広場に立つ桜が立派な花を咲かせました。ようやくこの村にも春が来た、という感じです。

 今年もまた村のみんなでパーティをすることが決まり、わたしもお手伝いをする予定です。今回はヴィアンシュたちとお菓子を作る計画なので、今からとても楽しみにしています。

 他にも伝えたいことはたくさんありますが、そろそろ終わりにしたいと思います。あなたのことを考えると、筆が止まらなくてまとまりがなくなってしまうので……遠距離恋愛は、やっぱり辛いです。

 どうか、あなたが今日も健康で過ごせますように。


        アルグレーン村のユーティアより


   *  *  *


「ユーティアお姉ちゃん、おはよう!」

 後方から一人の少女が声をかけてきた。配達を終えてのんびりと帰路に着いていたユーティアは、にっこりと彼女へ微笑み返す。

「おはよう、ヴィアンシュ」

 ヴィアンシュと呼ばれた少女は隣へ並ぶと、笑顔でユーティアを見上げた。

「今日のパンもおいしかったよ」

「ありがとう、そう言ってくれるとうれしいわ」

 二人の会話は数年前から習慣になっていた。村はずれに住むヴィアンシュは、配達帰りのユーティアと毎朝顔を合わせる。そのおかげで、二人は姉妹のように仲が良かった。

「それじゃあ、いってきまーす!」

 と、ヴィアンシュが元気よく学校へ向かって走り出す。

 ユーティアは「いってらっしゃい」と、いつものように見送った。

 広大な面積を誇るミッドガルド王国の東に位置するアルグレーン村は、とても穏やかなところだった。人口が少なく、村人の全員がそれぞれにつながりを持っており、日常生活を送るのに必要なことはすべて村の中で済ませられる。時折、都会から療養のために村を訪れる貴族もいたが、人々は差別することなく受け入れてきた。しかしその反面、若者の多くがさまざまな理由で村から出て行ってしまっていた。

 そんな中、十七歳のユーティアはパン屋の娘として両親の仕事を手伝っていた。朝は焼きたてのパンを配達し、昼間は店番をして過ごし、夕方になるとまた配達へ出る。それが彼女の生活だった。

「ありがとうございましたー」

 店の奥で父がパンを作り、ユーティアは一人で店番に立っていた。太陽の高くなった昼間、店に訪れる客はもっぱら隣町や隣村の人々だ。

 ユーティアはカウンター脇の椅子へ腰を下ろし、それまで読んでいた本の続きに目を向ける。――めったに村の外へ出ないユーティアにとって、読書は旅行のようなものだった。自分の知らない場所や物、それらに関する知識を本から得るのが好きだった。たまには村の外へ出たいと思うこともあるが、家業のパン屋をユーティアは愛していた。

 ふいに外で騒がしい音がし、ユーティアは顔を上げた。

「大変だよ、ユーティアお姉ちゃん!」

「何か変な人が来たよ!」

「早くお姉ちゃん、逃げて!」

 口々に叫びながら、子どもたちが店内へ入ってくる。その中にはヴィアンシュの姿もあり、ユーティアはすぐに本へしおりを挟むとカウンターの外へ出た。

「みんな、落ち着いて。何があったの?」

 と、少し困り顔を浮かべ、子どもたちの目線に合わせて腰を屈める。すると、一番幼い少女が口を開いた。

「あのね、がっこうからかえろうとしてたら、空とぶしろいお馬さんがみえたの」

「それでそのお馬さんがね、村の方に降りてきて」

「そこから怖い人が出てきたんだ!」

 と、子どもたちは続けた。

「怖い人?」

「軍人さんだよ! ユーティアお姉ちゃんを探してたの」

 と、ヴィアンシュの答えを聞いてようやく合点が行く。しかし何故自分を探しているのか、分からなかった。

「それで、その軍人さんは?」

 ユーティアがまた問いかけると、ヴィアンシュは言った。

「おばさんが話を聞いてたから、その内に来ると思う」

 子どもたちは一様に不安そうな顔をしていた。集会に出ていた母が話を聞いているというなら、母から話の詳細が伝わって来るはずだ。

 ユーティアはにっこりと微笑んで子どもたちへ言った。

「みんな、そんな顔しないで。きっと悪い話じゃないわ」

「……でも」

 と、何か言いたげな顔で見上げた少女の頭を、ユーティアは優しく撫でた。

 間もなく店の扉が開き、ユーティアの母親が帰ってくる。

「ユーティア、あなたに用があるそうよ」

 一斉にそちらを向くと、母親のうしろには見たことのない青年が立っていた。くすんだ緑色の軍服にすらりとした長身、アッシュブロンドの髪に鋭いエメラルドグリーンの瞳。

「初めまして。あなたがユーティア・サルヴァさんですね?」

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