3→Wパンチの甘い誘惑

第3話

「これ、お願いします」


冷ややかな目で上司の課長に書類を差し出す。


「ありがとう。戸田さん」


にっこり笑っている上司の課長に失礼だろうけども冷ややかな目で見てお辞儀して自分のディスクに戻った。


「………」


ガタガタと違う音だよねっ?これって鳴ってしまうキーボードに自分の焦りが反映する。


(ああああっーーー!!!ちゃんとすれば良いじゃないの!自分!!)


上司で課長の真田広さなだひろしは私、

戸田美紅へだみくの大学時代の同級生でその当時は彼氏でその後、結婚して元旦那のWパンチの相手であります。


「………」


パソコンを打ちながら思い返していた。

嫌いで別れた訳でなくただすれ違いが多くなり

一人暮らしをしてるみたいな関係になってしまって広の主張中に離婚届を指輪を置いて部屋を出た。


(復縁したいなら、復縁したいって言えば良いよね?自分!)


私と広は関連会社にそれぞれ勤めていたから会う事もなかったけど2年前に会社が合併して広は上司課長の座について私と再会した。


「戸田さん、この書類」

「はい。行きます」


課長に呼ばれたからディスクから離れて課長の所に行くけど手と足が一緒に出て歩き方すら忘れてる自分がいて周りから見たらオカシイと思ってるけど今は繁忙期なのでみんな血眼になってパソコンと向き合ってるから私の変な姿は見てない。


「そこにあるから」

「はい」


課長の…広のディスクの上には書類がタワーになって置かれていたけどそれを何とも思ってない顔でカタカタとパソコンで打っていく。


「……」


課長から渡された書類を握って自分のディスクに戻った。


(カタカタって…どんだけ優しい音なのよっ!)


パソコンにまで嫉妬しちゃう自分に情けなく思っていたけども課長の尋常じゃないハイスピードに圧倒される。


(仕事人間だもんね……)


仕事は的確で無駄のない完璧すぎる課長。


「真田くん、どうだい?考えてくれたか?」

「専務、私にはまだ早い気がします」

「………」


打ち込みながら課長と専務の話を盗み聞きする。


「良い人がいないなら尚更前向きにどうだね」

「いいなって思ってる人はいます」


その言葉を聞いて心を思いっきり殴られた。

(いいなってなに?誰?私の知ってる人?)


ぐるぐる考えるけど広は専務とまだ話をしておりその間に入って行きたいと願った。


「課長!ココが分からない……」

(あれっ?私本当に間に割り込んだ?)


自分の行動にひえええっ…と青ざめた。専務は呆然としており課長も唖然していたけど直ぐに切り替えて私の書類を取った。


「戸田さん、何処が分からないって?専務、部下に教えるので失礼します」


書類と私を連れて専務の前から去り空室の会議室に2人で入る。


「ありがとうな。助かった」

「いいえ。専務は話が長いからって思っただけ」


2人きりの時は課長の仮面が外れて笑って答える。


「戻ったら冷ややかな目はなんとかならないのか?」

「なりませんね。知られると大変でしょ?」


広の想い人に変な誤解はされたくないでしょ?っていう強がり。


「俺は別に知られても良いと思ってる」


広の手が私に触ろうとしたから後ろに下がった。


「美紅…」

「名前で呼ばないで。会社だからちゃんと苗字で呼んで下さい。課長」


触られたら止まらなくなる。もっと触ってほしくなる。


(自分から離婚したのにそんな虫の良いことなんて…)


自分を叱咤した。


「ごめん、戸田さん」

「…っ」


そんな悲しそうな顔するなんてズルイ。

私の心を打ち砕く言葉を言ったくせにそんな顔するなんて…。


「美…」


流されてあげる気持ちでいっぱいだから後ろから課長を抱きしめていた。


「俺に触らないじゃなかったのか?」

「流されてあげたのよ」

「変わらないな。意地っ張りは」


広が後ろを向いていたけど私の方を向いて私を抱きしめる。


「なら、俺も流される」

「なにそれ」


懐かしいこの感覚。

2人で言い合って笑い合って抱きしめあってキスして愛を囁いて…そんな事はもう戻らないと思ったら広をグイッと押して離した。


「美…」

「想い人に誤解されます。先に失礼します」


会議室から出て広の元を去り廊下を歩いている時涙が出ていた。


「想い人か…」


もう別れていて広は前を向いて歩いているのに

邪魔しちゃいけないのに私はあの時からずっと止まってる。


「美紅!想い人ってなんだ?!」

「!!」


そうだったー!!コイツは追いかけてるタイプだったのを思い出した。


「想い人は、想い人よ!そして、追いかけてこないで」


そこは追いかけてこないもんじゃないの?

ドラマ見ると追いかけてないじゃない。それで

すれ違いが起きるみたいな感じと思った私が変なのかしら?と一瞬悩んじゃったわよ。


「じゃあ、なんで泣いてる?」

「これは…涙じゃないわ!鼻水よ!」

「プッ…目から鼻水かよっ」

「そうよ!悪い?目から鼻水よ」


絶対無理があると思うけど鼻水で通すわよ!と

意気込む。


「あはははー」

「何よ!」


そんなに笑わなくたっていいじゃないの。


「まぁ、それはもういいやッ…プッ」

「笑うならしっかり笑いなさいよ!」


笑うんだが喋るんだかどっちかにしなさいよー!と怒った。


「この感じ、懐かしいな」

「………」


広もそう思ってくれた事がドキッとした。


「で、想い人ってなんだ?」

「……専務にいい人がって言っていたから」


ゴニョゴニョ言ったら広がグイッと私の顎を上げて目線を合わせる。


「っ………」

「盗み聞きしてたんだ?」

「……っ」


広と目線が合って顔が真っ赤になるのが分かる。手の感触も久しぶりすぎてどうしてよいか分からなくなって頭の中がパニくる。


「えっと…えっ…」

「美紅…」

広の顔が近づいて来て慌てて顔を両手で隠す。

「美紅…なんで顔隠す?」

「隠す!!ここ会社だもの。それに私たちは…」

「元恋人と元夫婦だもんな」

「そうよ。だから」


これ以上は傷つきたくない。

復縁を、望んでいたけど想い人が居るなら私の入る隙間なんてないもの。


「課長、顔が腫れたので先戻り…」

「課長ー?どこですか??」

「呼ばれてますよ」


社員が課長を呼びに来て探している。


「じゃあ、課長これでお願いします」

「そうだね。それでお願いするよ」


呼びに来た社員に対して私と広は、私が握って

いた書類を確認作業で誤魔化した。


「じゃあ、戸田さん」

「はい。お疲れ様です」


課長と呼びに来た社員を見送って1人になった。


「………」


顔がブワワワッと赤くなる。


「なによ!アイツ……」


去る時に指をスルッと触ってニコッと笑って何もない様に社員と去って行った事に渡された書類で顔を隠して熱が冷めるまでその場に立ち尽くした。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様」


定刻になり仲間が続々と帰っていく中、私はまだ仕事が終わってなかったからパソコンと向き合って仕事を進める。


「戸田さーん、終わらない?大丈夫?」

「平気です。ありがとうございますー」


繁忙期が過ぎたので課長の“ようこそ会”を今日

開催する日であり、課長の広は途中会社を抜けて社外へ行ったのでそのまま向かうと言っていた。


「先に行ってるからねー」

「はい。終わり次第向かいます」


本当は定刻で終わらせたかったのに終わらない

仕事の量。これはあの時戻れなかった自分のせい。


「バカだなー…、自分……」


書類のタワーを見て凹んだけど凹んでもどうにもならないから仕事に向き合う事に決めた。


「……」


カタカタと1人でオフィスビルの中に居てパソコンの音だけが響いている。


(……これがこうだから…)


心の呟きも響いてしまうんじゃないかってくらいカタカタと音が響いている。


「よしっ!次!」


次の書類を手に取ろうとして視線を時計に映したら19時を回っていてもう始まっていた。


「…始まっちゃった…残念」


書類を手に取って泣きそうになるけどグッと堪える。


「仕事は仕事!頑張れ!自分」


広とすれ違いをしていた時は私が定刻で早く帰れていて広はいつもてっぺんギリギリで帰って来ていた。


「………」


あの時、広は何を一生懸命していたんだろうか。

あの時、広は何か言いたそうだったけど私が耐えられなくて出で行った。


(私は、そこから…ううん。もっと前から間違っていたのね…)


間違わなければ今も広と喧嘩して笑っていた夫婦になっていたのかもしれない。


「バカだな…私…」

「本当だな」

「えっ?」


両目を誰かの手に塞がれて視界が遮られた。


「どうして?」

「それはコッチの台詞。何でまだ会社?」

「まだ…仕事が終わらないからよ?」


口を開けば喧嘩ばかりしていつの間にか仲直りして抱きしめあって…。

「見えない」

「…見せない…」


息を切らしてくれて急いでくれた事が分かる。

「歓迎会は?」

「抜けて来た。肝心の奴がいないしな」


そう言って照れ隠しを隠すように別の言葉に置き換えて言う所も変わってない。

信じてもいいの?

離れてしまった私はまだ貴方が好きだと。


「課長、見えないので両手を外して頂けますか?」

「仕方ないな」


やっと視界が見えて後ろに広がいるのが分かる。


「美紅…」

「広…私ね…」


広に言いたい事があるの。想い人が居ても良いと思ってるよ。


「あのね…」

「うん?」


椅子を回転させて広の方に向き直して立ち上がり

視線を合わせる。


「私ね…」

「真田さん…」

「!?」

途中で声が遮って声のする方へ向いたら長髪の黒髪美人が立っていた。


「相川さん。どうしてココに?」

「おじ様から今日は真田さんの歓迎会だからって聞いてお店に行ったら居なくて会社に来てみたんです」


黒髪美人は入口に立っていたけど私達の方へ足を進める。


「真田さん?そちらの女性は?」

「部下の戸田です」

「戸田美紅と申します」


慌ててお辞儀して名前を伝える。


「相川 未来あいかわみらいと申します」


気品があって広とお似合いじゃないかって思うくらい美男美人で私は底辺な女。

ビシッと決まってるスーツではなくラフな格好で髪は仕事してるから一つ縛りのボサボサ縛りで爪も手もガサガサしていてお化粧もすごく簡単。


(女子力ゼロな私と女子力アリな相川さん…)


相川さんを見て凹む。


「相川さん、部下の手伝いがあるので歓迎会はその後です。専務が心配しますよ?」

「おじ様が心配するなら私はお暇しなくてはいけませんね」

「ええっ」

「下まで送ります。戸田、先にやってろ」

「はい…」


課長は相川さんを綺麗にエスコートして行ってしまった。

私に傷つく理由はない。

私に悲しむ理由はない。相川さんが想い人なんだと…感じた。

広に自分の気持ちを伝えなくてよかったと思い、髪の毛縛っていたのを一回解いてもう一回縛り直した。


「よしっ!」


自分の両頬をパチンっと叩いて気合いを入れ直した。


「戸……」


課長の広が相川さんを送りに行って戻ってきて

仕事に打ち込んでいる私を見て邪魔しないようにコーヒー買いに行ってくれた事は後から知った。


「ほれっ。一休憩」

「ありがとうございます」


課長から缶コーヒーを渡された。眠たかった気持ちが一気に吹き飛ぶような冷たさ。


「課長…」

「眠たかっただろ?俺は眠たかった」

「あはは」


女子力0だって私は私で思い切り笑えばいいし、

奥さんの枠も彼女の枠も外れちゃったけども上司と部下の枠で頑張るから私を見捨てないでと願った。


「その顔は卑怯だ」

「えっ?」


グイッと引っ張られて胸の中に入る。


「課っ…」

「美紅。2人きりだ。課長はやめてくれ」

「……課長と呼びます!!」


線引きしなくちゃそれ以上踏み込んではダメ。

想い人がいる広に気持ちをバレちゃいけない。


「もう、だいたいバレてるからな」

「えっ?」


顔を上げたら広の視線とかち合う。

「あっ…」


顔がブワワと真っ赤になるのも自分でも分かるからグイッーと胸の中から離れようと押すのにビクともしない。


「広…!ココ会社だからね!!」

「なに、エロい想像してんだよ」

「なっ…!」


耳まで真っ赤にぬる自分が分かってジタバタと抜けようとしてるのに一向に緩めてくれない。


「美紅…」

「その手には引っかからないから!」


私の名前をよく呼んではキスをして来た広。


「?。名前を呼んだだけだぞ?」

「なっ…!!」


頭きたから広の方を見て文句を言ってやろうと顔を上げた。


「ーーー!!」


唇を素早く塞がれてキスをする。


「んっ…」


もっとキツく抱きしめられて久しぶりの広のキスにクラクラして頭の中がフワフワしてる。


「んっ…ひろ…」

「美紅…。久しぶりのお前のキス」


キスの角度を何度も変えていけばキスが深くなるのは分かっているのに止められない。


「広…」

「美紅…」


唇の上でお互いの名前を伝えてもう一度キスをして、私も広の背中に手を回す。


「広…」


立って抱きしめあっている私と広。

気持ちよすぎてクラクラとして立っていられなくてディスクに寄りかかった。


「んっ…」


キスを何度も交わして蘇る広の感触に胸がドキドキして止められない。

コツンと廊下から聞こえて慌てて広と離れ広は書類を手に持ち私は自分のディスクの前に突っ立ていた。


「お疲れ様です。戸田さん。課長さんも」

「お疲れ様です。ご苦労さまです。警備員さん」

「お疲れ様です」

「もう21時になりますからお帰りはお気をつけて下さい」

「ありがとうございます」


警備員さんと二言三言喋って警備員さんは見回りに戻った。


「ビックリしたー!!」

「本当だな」


2人で見合って笑った。


「そして、もうそんな時間なの?」

「そうだな」


歓迎会!!!と慌てて広を見たら笑っていた。


「歓迎会なら大丈夫だよ。俺より質のいい専務を置いてあるから」

「うわっー…。最悪」


専務は酒絡みが酷くて最低最悪なのだ。


「行かなくて良かったわ。みんな明日ドヨーンとしてるわよ」

「あははは。明日が楽しみだ」


こうやって広と笑っていたい。

部下と上司だけの枠で良いから側にいさせてね。

仕事を全て片付けていざ帰ろうとしたらもう22時を回っていたけど家は会社から電車で15分だ。


「終電には間に合うからいいわね」

「終電?家まで送る」

「いいわよ!!課長にそんな事させられない」

「甘えるもんだぞ?」


そう言って私の鞄を持って歩いて行ってしまったから慌ててカーディガンを持って追いかける。


「課長!!ちょっと待って下さい!!」

「いいから、甘えろ!!」

「…はい」


甘える事が上手く出来ない私にこうやって引っ張って行ってくれる広の記憶が思い出されて胸の奥がツキンと痛む。


「ありがとう…ございます…」


広と別れてから、自分から離れて今の今まで1人で生きてきたけど今はどう生きていけば分からない。


(今は甘えさせて…)


広の後ろを歩きながらそう思っていた。


「……変わらないのね」

「変わらないよ。そう簡単に」


車もあの時乗っていた車で懐かしく感じる。


「失礼します」


勘違いされたら嫌なので後ろのドアを開けたら広が言葉を紡ぐ。


「なんで後ろ乗るんだ!助手席乗れよ」

「えっ?勘違いされない?」

「誰に勘違いされるんだ?」

「……なら失礼します」

「ああ。いつも助手席だったろ?」

「いつもって…!いつの話をしてるのよ!」


いつも助手席に乗っていたけどここ2.3年は広の車に乗ってないし、助手席にも乗ってない。


「助手席は美紅専用だ」

「えっ?」


運転してる広を見たら耳まで真っ赤になっていて嬉しく恥ずかしくなって言葉が出てこない。


「いつもの威勢はどこ言った?美紅」

「失礼しちゃうわね。私はいつもこんなよ」

「女子力0の美紅がっ?ブッ」

「失礼しちゃうわね!女子力0でもここからあげていけばいい男が引っかかってくれるわ」

「……無理」

「無理って失礼しちゃうわね!これだって私を良いって言う人…」

急に車が路肩に止まって広がシートベルトを外して体を乗り出して私の目を見て抱きしめる。

「ちょっと!危なっ……」

「美紅はいつだって俺のだ」

「えっ?」


“いつだって”の言葉に混乱する私をよそ目に広は背広のポッケから紙を取り出した。


「それはっ…?」

「………」


黙って渡されて四つ折りに折られた紙を広げて目を疑った。


「これっ……」

「書かなかった。そして、出せなかった」

「嘘……」


私があの時に置いて行った離婚届。私だけ記入してあって広は記入してなかった。


「そして、これ。また嵌めてほしい」

「えっ?」


左手を握られて薬指に指輪が入っていく。


「ひろっ…」

「俺ら、離婚してない。夫婦のままだ」

「嘘っ!!」


左手の親指に重みが来て現実なんだと思い知らされる。


「美紅…愛してるよ」

「!!」


愛の言葉を貰えるなんて思いもよらなかった。


「相川さんはどうするの?」

「相川さんは俺じゃなくって俺を呼びに来た男が来ただろ?その恋人だよ」

「えっ?!」


それを聞いてビックリした。


「結婚するから仲人を頼まれてな。それを専務は知らなかったみたいで俺に紹介していたんだよ」

「そうなんだ…」


仲人を頼まれている事を聞いてホッと安心した。


「ならっ!!」


聞いても良いよね?と思った。


「なら、広の想い人は誰になの?」

「俺達の家に行こう」

「えっ?」


路肩に停めていた車を再び発車させて広の家に向かう。


「えっ?ここって…」

「俺たちの家」


黙って出て行った家に今も住んでいた広。


「離婚してないからお前の荷物そのままにしてある」

「広…」


広はどんな想いでこの家に居たのだろうか。


「この家に引っ越してくるだろ?離婚してないんだからな」

「広の想い人に悪いから離婚して!その人と結婚して!私は良い人を…」

「!!」


部屋に着くなり伝えたら抱きしめられた。


「お前…なんでそんなに鈍いんだよ」

「えっ?だって…広の想い人に悪いよ…」


こんな気持ち抱えちゃいけないのに左手の薬指に指輪がはまっていて…はめて…とフッと思った。


「広…まさか…」

「そうだよ」


広の想い人って…私?の答えにたどり着いた。


「だって…2.3年会わなかったわよ?」

「俺は会っていたよ。見ていた」

「えっ?」


広から離れて私は広の姿を探さなかった。自分から離れたし、好きだったけど寂しかったのが大きかったから。


「合併する前に俺は何度か行ってお前を見てるけどお前は仕事にいつも集中していた」

「………」

「離婚出来なかったのは俺が…未練が沢山あったからだ。お前を離せなかった」

「…広…」


広の頬を触って広は私の両頬を包む。


「美紅…」


広の胸に触れてそれから背中に手を回して目を閉じる。


「美紅…愛してるよ」

「んっ…」


広のキスが優しくって嬉しくって抱きしめると広も抱きしめてくれた。


「広、私も愛してます」

「美紅」


元彼氏・元旦那だと思っていて生きてきた。

私と再び会って上司と部下の枠で良いと思ったのにそれ以上に貪欲になりたい。

そのまま彼氏から旦那様に維持してくれてありがとう。


「ありがとう。広」

「俺を挑発してる?」

「してないわよ」


急にお姫様抱っこされてビックリして慌てて首に手を回す。


「ビックリするし、重いからやめて」

「重たくない。寝かせないからな」

「明日も仕事だからね!ね!」

「愛してるよ。奥さん」


その言葉をここで言うのはズルイ!と思うけど

あがらえない私なのでした。


そして、本当に離婚してなくって夫に“広”の名前が記載されていた。


Wパンチの甘い誘惑に勝てなかった私だけど勝てなくて良かったと思った。

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