第4章 未だ
北村は、母・恵子の了承を得て、由美が生前、生活をしていた部屋へ向かった。
足を踏み入れた瞬間、そこに漂う静けさに一瞬、吸い込まれそうになる。
机の上には未だ使われていない手紙用の封筒や、開きかけのノートが無造作に置かれていたが、それらはまるで時間が止まったかのように、部屋に存在する。
彼女が残した物、そのすべてが彼女の最期の瞬間を物語っていた。
机の引き出しを開けると、北村は一冊の日記を見つける。
重い表紙に開かれたページには、由美の心の内が、丁寧な文字で静かに記されていた。
そこには母・恵子への苦しみが、まるで押しつぶされそうな心情とともに綴られている。
過剰な期待と支配が彼女の精神を追い詰め、逃げ場のない暗闇の中で、彼女は一人静かに耐えていたことが分かった。
しかし、それだけではない。
日記の後半には、由美の揺れ動く心がよりはっきりと鮮明に浮かび上がる。恵子への憎しみと愛が複雑に交錯し、彼女の内面を常に苦しめ続けていた。
愛しているが、それが束縛であり、自らを破壊していくものであるという、逃れられない二律背反に苛まれていた。
さらに北村の目を引いたのは、由美のパソコンに残された未送信のメールだ。それは、母親への告白とも、悲痛な訴えとも取れる内容で、彼女が抱えていた感情の重みや痛さを赤裸々に伝えている。
しかし、そのメールは決して送信されることなく、ただこのフォルダの中に彷徨っていた。
彼女は日記で自身の感情を吐露していたが、未送信メールを見る限りの他の誰かに相談しようとしていたことが、明白だ。
"水森のカフェで待ち合わせをする"
由美が頻繁に通っていたカフェ、その記録が日記の一部に記されていた。彼女はそこで誰かと会い、密かに心の内を打ち明けていたのだろう。
その人物の存在が、彼女の最期の瞬間に大きな影響を与えていたに違いない。
カフェで誰と会っていたのか、それが事件の核心に迫る手がかりとなりそうだ。北村は、その相手こそが、由美が最も心を許している存在だと直感する。
彼女は心の支えを求めた一方で、その相手に深い不安ももしかしたら抱いていたのではないか。
まるで、甘美な毒に引き寄せられるかのように。
由美が抱えていた感情は、ただの母娘の確執ではない。複雑に絡み合った感情の糸が、静かに、しかし確実に彼女を追い詰めていた。
そして、その糸を解く鍵は、彼女が残した手がかりと、密かに会っていた人物の存在にある。
北村は、その真相に迫りながら、由美が最期に観た情景をを心に描く。そこには、絶望と希望が入り混じった美しさが、確かに存在していたのだ。
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