安楽死法

Rokuro

安楽死法

世界では、精神的に異常をきたす人が増えた。

それが何由来なのかは彼らのみが知ることではあるが、昨今、電車にビルに人が無尽蔵に死んでいく。

1日に1から10人の人が死に、電車の巻き込み事故や飛び降りの巻き込みによって死を望まない人も増えている。


そんな中、政府は「安楽死法」を発案した。


安楽死法は、簡単に言えば「誰でも安楽死が出来る法律」だ。

即死かつ痛みも苦しみも少ない薬を体内に注射し、眠るように死ぬ。

だが、それは当人が望むだけでは成立しない。


安楽死するために必要なのは、1枚の紙きれだけだ。

その紙きれには「安楽死について」の記述と「サイン欄」がある。

本来であれば当人のみ必要なサイン欄がここでは4つ存在する。


1つは、死を望む本人のもの。

2つは、その家族、身内のもの。

3つは、施設職員のもの。

4つは、施設長のものだ。


『施設』というのは、この安楽死法のために作られた各県に点在する施設の事で、当事者たちは1週間、この施設で過ごす。

彼等と面会できるのは家族と、彼の望んだ者のみ。

部屋は質素な白いもので、窓はあるが鉄格子しかない、娯楽は与えられない。

外部からの刺激は、面接者くらいだろう。

施設職員は防弾ガラスに遮られた場所で24時間常に見張り続けている。

職員たちは彼らを直接見て判断する。

話しかけることは出来るが、「はい」か「いいえ」しか答えられない。


1週間後、本人、家族、職員が面接をする。

そして最後に、施設長へ提出し、晴れて安楽死が認められる。

なんともまあ、回りくどいやり方だ。


安楽死法が出来た直後は、多々様々な反論意見や、法案に対してのデモ行進などが行われていたが、施設に入りたがる存在は多かった。

改めて我が子が施設に入ったことで、家族は改めて自分の子が死にたがっている事を理解する。

ある親は必死に死のうとする我が子を止める。

しかし、その方法は家族によって様々だ。

「生きていればきっといいことがある」といった、未来の見えない言葉。

「お前にいくら描けたと思っているんだ」といった、過去を清算させる言葉。

「いなくなったら悲しい」という、本人の意思を無視する言葉。

「あんたが居なくなってせいせいする」といった心無い言葉。

何人かの親は毎日通い必死に説得をするも、ほとんどの子供はその言葉に疲弊し、死を希望する声が上がる。


入りたがるのは子どもだけではない。親もそうだ。

仕事を辞め、辞めさせられ、家族を食つなぐことが出来なくなり、精神的に参ってしまった者や、愛する人と離れてしまい孤独になってしまった人。

その他、介護をさせるのが申し訳なくなりここに入る者もいた。

しかしながら、そういった彼らに対して、なかなか家族は面会に来ない。

どういった事情があるのかは分からないが、そういった場合はほとんどの場合家族からのサインは「無効」となり、安楽死を許可できない。

何故なら、今この状況を見ることがないからだ。

どういった気持ちでここに入り、彼等の気持ちを知ることなく死を望むのは違う。

悲しいことに、彼等はこの施設を追い返されて、このまま生きるか自殺するかの二択を選択させられる。


時折、友人や恋人が来ることがあるが、その多くもそこまで長居することはない。

中には必死に死を止めようとしてくれる者もいるが、友人や恋人の多くは既に彼らを見限っている事が多い。

話を聞いてみると、ほとんどの者が「電話やメールやSNSでずっと言っているから飽きてしまった」とのこと。

いつも「死にたい」「必要ないんだ」「もう無理だ」と愚痴り、それに対して「大丈夫だよ」と声を書けるのに疲弊した者たちばかりなのだろう。

しかし、中には「君が必要なんだ」という、熱心な者もいる。

そういった人は、彼等を生きる糧として生きている事が多い為、共依存が示唆されている。


稀有な者の中には「会社の上司」といった人もいるが、こう言った会社関係の場合は言動を記録し、会社に提出することを秘密裏に義務付けられている。

彼等の中には、パワハラやセクハラといった行動を行い、追い詰めることが多い。

面会の際にどのような事が起きても、職員は止めない。

ただ彼らの様子を撮影するだけだ。

撮影結果は会社に報告され、中にはクビになる人もいるらしい。

こう言った事で、事前に死を回避させるような行動も行っている。


逆に、逆にの話だ。

安楽死法によって家族を失い、同様に施設に入りたがる人も増えた。

自殺と言う言葉は確かに減った。

だが、遺された彼らにとって世界が1つなくなってしまったのは、耐えがたい苦痛なのだろう。

そして、1週間。

誰かに「生きてほしい」と言われ生きる者もいる。

そういった人は、再度ここを訪れる確率が少なく、死を直前にしたことで自身を見つめ直すきっかけとなり、生きる道を選ぶ。

安楽死法が目指すのは「死にたい人は死んでいい」ではなく「生きてほしい」ということ。

本人が必要とされている事を再認識してもらうために行っている。



だが、中には本当に安楽死を行う者もいる。

これはあくまで一例だが、強度のパワハラによって心を壊され、生きる希望を見失った青年は、家族に何度説明されようとも生きることを否定した。

友人も呼ばず、上司も呼ばず、家族だけに身の内を話す。

職場では必ず水汲み係をさせられ、全ての社員の仕事を押し付けられ、仕事の残業代は出ず、家にはほとんど帰れない。

相談できる友人はおらず、家族とは遠く離れ、恋人は他の誰かと浮気をしてしまい、彼には何も残ってない。

家族は何度も「仕事を辞めて家に帰ろう」と言ってくれたのだが、仕事を辞めると言えば仕事を辞めさせないように仕事を増やされ、辞めたくても辞められず。

かといってこの職場は全ての悪事を隠蔽している為、今後自分が年を取って迄ここに居るのが苦しい、辛い。と言った。

精神科に通えばすぐにバレてしまい、怪しい薬を飲むなと言われ保険証をはく奪。

挙句の果てには家を退去させられてしまったらしい。

余りにも酷い話だった。

両親は必死に「逃げてもいい」と言われていたが、もう彼の心には誰の言葉も届かなかった。

仕事を辞めたとき、どうしたらいいか解らない。

ニートになるのは嫌だ、新しい就職先を見つけるのが怖い。

同じようになったら嫌だ。頭を抱えて怯える彼は1週間変わることはなかった。

夜も常に怯え、頭を抱えて震えるように眠り、何度も何度も起きていた。

日中はベッドから起き上がれず、かと思えば何かに何か言われたかのようにハッと体を動かし何もない謝罪をしだす。

彼の心は、完全に壊れてしまった。


母親は、涙ぐみながら安楽死を受け入れ、父親も俯いてだんまりだった。

施設の様子を見るに、食事は1日に最低限も摂れず、本人の意思があまりにも強い為、施設の職員もサインを行う。

そして、最終的に施設長もサインを行った。

施設長のサインの基準は、明らかにされていない。


青年は最後に両親と抱き合い、「生まれてきてごめんなさい」と言い、安楽死施設へと移った。

そこには1つの棺桶のようなカプセルがあり、彼はここに横たわり睡眠薬を投与される。

眠りについたことを確認すると、今度は強い気化麻酔を吸い、脳の動きを止めてしまう。

それを1時間行えば、彼はもう、二度と目を覚まさない。

崩れ落ちた両親は、起き上がることの無い我が子を見て泣き叫び、その後「気づけなくてごめんね」と何度も何度も謝った。


両親に聞けば、幼い頃より「我慢は大事だ」と言って勉強をさせ、遊びは制限し、悪い点数を取れば怒り、良い点数を取れば「まだやれる」と言ったのだという。

両親の思惑通り、彼は優秀になって良い学校、良い会社へと就職したのだが。

その「我慢」が、彼にとっては「良い事」だと思い、彼は娯楽も捨てて会社に没頭したのが間違いだった。

恋人より仕事を優先し、友人より仕事を優先した結果、彼の周りには仕事しか残らなくなった上で優秀な仕事が出来る彼に全ての皺が寄って行った。


最終的に、職場はこの情報が露見され、様々な証拠が提出され営業停止処分となり、今は存在を失った。

けれど、たった一人の命によって発見されたこの醜悪は、きっと彼の命さえなくても誰かは当の昔に知っていたのだろう。


施設長は言う。

「死はアピールなのだ」と。

どんだけ辛い、苦しいを語ったところで、誰かが「努力不足」だと言ってしまえば、真面目な彼らはそれを鵜呑みにしてしまう。

「死ぬほど辛かったんです」と身をもってアピールすることで、世間に知らしめることが出来る。

彼らにとって、死は逃げ道ではなく、最後に残された連絡手段。


だから、安楽死法は存在する。

彼らのを、1週間聞き入れる為に。

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安楽死法 Rokuro @macuilxochitl

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