第13話

睦み合う二人から漂う甘い空気があった。


 しかし、突如控え目なお腹の鳴る音がリビングに静かに響く。


 響は悠から視線を逸らし、素知らぬ振りを決め込んでいたが、その仕草はお腹が鳴ったのは私からだと主張してるようにしか見えなかった。

 悠はだんだんおかしくなって、小さな笑いを零してしまった。


 甘い空気は跡形もなく消え去り、和やかなものに変わる。


「プリン食べる? そろそろ冷えたと思う」

「たべ、る……」


 響は真っ赤な頬を手のひらで覆い隠したまま小さく頷いた。

 お腹が鳴って恥ずかしがる姿が愛らしくて、悠は思わず和んだ。


「取ってくるね」


 冷蔵庫を覗くと、程よく冷えたプリンがあった。

 プラスチックのスプーンと一緒に持ち運び、テーブルに置いた。


「おいしい……」


 目を細めてプリンを堪能している。甘いものを食べている時の響は、表情が緩みがちだ。付き合うようになってからは更に蕩けたものに変わった。


「これは美味しいね。俺、固めの方が好きかも」

「今度、作ってみるよ。その時キッチン借りてもいい?」

「いいよ。楽しみにしてる」


 二人はプリンを味わいながら、談笑をしていた。響が話す偽りの充実した高校生活を、悠はニコニコと微笑ましく耳を傾けていた。


 

 時刻は五時を半分回っていた。そろそろ響を送っていかなければならない。響を帰さなければならない名残惜しさを感じながら家を出る支度を始めた。


「そろそろ送るね」


 悠の言葉に響はしゅんと柳眉を下げている。自分と離れるのが嫌なのだと思うと、口角が上がりそうになる。


「……もう少しだめかな? クラスの子は遅くまで遊んでいるよ」

「そうしたら、俺は響のお父さんに信用されなくなって、引き離されるかもしれないよ」

「……帰ります」


 悠の言葉に響は素直に頷いてくれた。

 いくら干渉しないとはいえ、遅く帰してしまうと信用を失せてしまう恐れがある。

 悠とて響を帰さず、ここに留めさせてしまいたい。しかし、響を監禁に至らない限りは、響の父に大事にしているとアピールしていきたい。


「暑さはさっきよりマシになっているから遠回りして帰る?」

「うんっ」


 少しでも自分と一緒いられることに破顔して喜ぶ響の姿に、強い高揚感を覚える。悠の穏やかな笑みは油断すると崩れてしまいそうだ。


 無視されて、嫌がらせを受けて、屈辱的な噂で傷付いた響は、悠の傍でしか癒されない。

 悠は自ら作り上げたこの状況にご満悦であった。


 リビングを後にしようとした時だった。


 突然、一閃が走り、息をつく暇もなく激しい轟音が響き渡った。周辺で雷が落ちたようだ。

 ちらりと響に視線を向けると、響は金縛りにあったように固まったまま微動だにしなかった。


「響、大丈夫?」

「ダイジョウブダヨ」


 平気な振りをしているが、明らかな棒読みと遠い目から怖がっていることは明白だ。

 おまけに華奢な肩が小さく震えている。


 窓に視線を戻すと、いつの間にか激しい雨が降っており、雨粒が窓を叩き付けていた。

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