第7話

 この日以来、彼は同じ時間、車両に乗り、離れたところから彼女を見つめるようになった。


(美人は三日で飽きるって嘘だな。ずっと見ていられる)


 彼女の浮世離れした美しさは、世間から遠ざけて自分だけで見ていたいと思わせる。

 見つめれば見つめるほど、惹き付けられて酔いしれてしまいそうだ。


(あの子のことがもっと知りたい……)


 相手してくれると思うほどおめでたい頭をしていないと自負しているが、玉砕覚悟でぶつかるのも悪くはない。


 そんな思いを燻らせ続けていたある日。


 いつも乗る電車で、運良く彼女の隣に立てた。彼はついに決行した。


 幸い彼女は文庫本に集中している。


“ずっと前から気になっていました。良ければ仲良くしてください。”


 そんなメッセージと共に電話番号とラインのIDが記載されたメモ帳の切れ端を、リュックサックのサイドポケットにこっそりと忍ばせた。


 残念ながら彼は面と向かって彼女を口説けるような美男子ではない。よく言うと平凡な見た目をした眼鏡少年だ。

 そんな彼なりの精一杯のアプローチであった。


 この日は彼女から連絡が来ないか、何度もスマートフォンを覗いていた。




 淡い期待を抱きながら彼女からの連絡を待ちわびて数日が経過した。

 時刻は夜の十時過ぎ。予備校から帰る途中のことだった。


「疲れたー」


 凝り固まった肩をほぐすように腕を思い切り伸ばす。


 空腹に苛まれ、自宅に着くまで耐え切れず途中コンビニエンスストアに寄ってツナマヨのおにぎりを購入した。

 そのままおにぎりを食べようと近くの公園を目指した。


 公園に辿り着くと、ベンチに腰かけ買ったおにぎりを食べる。

 おにぎりを食べながらラインのアプリを立ち上げてみるが、相変わらず彼女からのメッセージは見当たらなかった。


(だめだったか……)


 彼は覚悟はしていたが、相手にされないと知るとがっくしと肩を落とした。


(絶世の美女が俺を相手にする訳ないよなぁ……きっと同レベルのイケメンの彼氏がいるって)


 しばらく項垂れていたが、いつまでも留まっても仕方ないと立ち上がった。


 その瞬間だった。


「ひっ!」


 いつの間にいたのだろうか。彼から近い距離に長身の男が立っていた。


 夏日に近い暑さだと言うのに、男は黒いマスクを付けている。


(やべぇ、触らぬ神に祟りなしだよな)


 男を見ない振りをしてその場から離れようとしたが、その歩みを強引に止められた。


「――――お前に話があるんだけどいいか?」


 黒マスクの男によって。

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