セーレとダンタリオン――ダンタリオン
「セーレ」
太陽の光がさんさんと降り注ぐ中、一心不乱に鍬を振るう同胞を見つけたダンタリオンは、近付いて声をかけた。
キラキラと輝かしい黄金色の、一つに結わえた髪を揺らして振り返るセーレ。相手を捉え、ぱあっと魅力的な笑顔を浮かべた。
年頃の娘であればうっとりするような甘い笑みを無表情で受け流し、ダンタリオンは「よっ」というふうに手を挙げて応える。ヴェールに取り付けた仮面がからんと音を立てた。
「ダンタくん。このあたりに来るなんて珍しいじゃないか」
「うん。この村、美味しい甘味ある、ってきいて。……君は、相変わらずだね」
「ハハハ! これは俺の生き甲斐だからなあ」
言いながら、首にかけた手ぬぐいで頬をつたう汗を拭う。陽の光に反射した汗さえも、彼をきらきらと魅力的に彩った。
「ところで」と面白そうに目を細めて、セーレはダンタリオンを見やる。
「この村の美味しい甘味ってあれだろう、オダンゴ!」
“オダンゴ”。そのなんとも甘美な響きに、表情は変わらないまま、目だけをきらきらさせてダンタリオンは何度も頷く。仮面がぶつかる音が、からんからんとリズミカルに鳴った。
子供のようなその仕草に、セーレは笑みを深くした。
ダンタリオンは無類の甘味好きだった。インドアな彼だが、美味しい甘味のためとあれば東奔西走。食べたことの無い甘味の噂を聞けば、篭っている書庫を飛び出して単身で探しに行く程である。
今回、セーレが住むこの地に来たのもそんな甘味への熱意の賜物だった。
ゴクリと唾を飲み込み、まだ見ぬ“オダンゴ”へ思いを馳せる。無性に早くオダンゴを食べたくなってきたダンタリオンは、くるりと踵を返した。
「オダンゴ食べるから、おれもう行く。……セーレ、元気でね」
「待て待て! 俺も一緒に行こう。道案内が必要だろう?」
セーレは立ち去ろうとするダンタリオンの腕をひしりと掴む。
無表情のままきょとんとした雰囲気を出すダンタリオンは、幼子のようにこくりと頷いた。
ほっとした彼は腕を離し、「じゃあ行こう」と華やかな笑顔を浮かべ、先程まで重労働をしていたとは思えぬ軽やかな足取りで歩き始めた。
「さて、我が君はどこの店のオダンゴをご所望かな?」
「……たくさんあるの?」
ぱちぱちと無邪気な瞬き。セーレはくすりと笑みを零す。
「そう、小さい村だけれど、街道沿いだから旅人に人気になってね。競うように何軒も出来てしまったのさ」
大袈裟な語り口調で、セーレは説明した。
元祖オダンゴ屋は小さな屋台であったが、じわじわと旅人に広がる人気にあやかろうと、酒場や食事処などが次々に参入し、今やこの村はオダンゴ激戦区と化している、と。
「それに、店ごとに味も違うんだ。定番はアンコかミタラシ。俺はヨモギってやつが好みだけれど」
知識豊富なダンタリオンでさえ聞いた事ない単語ばかりがセーレの口から飛び出し、彼の頭上にハテナが浮かぶ。
どの店がいいとか、どの味がいいとか、まず見たこともないから分からない。それならば、とダンタリオンは悩むことなく告げた。
「全部、食べる……!」
「ハハ! キミならそう言うと思ってた。じゃあこのヴィン……っと、セーレめが最適な順で案内して差し上げます、我が君?」
「やった。……おねがいします」
律儀にぺこりと頭を垂れる。本人は相変わらず無表情ではあったが、仮面の表情がにっこり笑顔に変わっていた。
セーレは満足そうに頷くと、任せろというように胸を叩いた。
一軒目はやはり元祖オダンゴ屋だろうということで、セーレは迷わずそこへと案内した。
すっかり他店の勢いに押され、街道沿いではなく村の奥まったところに屋台を構えているが、それでも旅人がわざわざ立ち寄る程の人気を誇る。
「おやじさん、もうやってるかい?」
「おう、ヴィンセントか。ちょうど開けたとこだ。そうだ、こないだくれた野菜、美味かったよ! ありがとうな」
「俺の取り柄なんてそれくらいだから。美味しく食べてくれて嬉しい限りさ」
屋台の店主と親しげに会話するセーレの後ろで、ダンタリオンは首を捻る。
目の前にいるのはセーレなのに、何故ヴィンセントと呼ぶのだろうと。
(そういえば、さっきセーレ自身もヴィンと言い間違えたし、ヴィンセントと言いかけていたのかもしれない。人間界で暮らすための偽名? ……にしては、なんだか慣れ親しんでいるふうでもある)
「ダンタくん、はいこれ。出来たてだから気を付けてね」
「わあ……!」
目の前に差し出されたオダンゴに気を取られて、一気にダンタリオンの頭からオダンゴ以外のものが消え去った。
オダンゴは三種類。香ばしい匂いでつやつやした飴色のミタラシ、特に甘い匂いのする赤茶色のアンコ、深い緑色で独特の匂いがするヨモギ。
それらを興味深そうに眺めては匂いをかぎ、甘い香りにうっとりするダンタリオンを、ヨモギダンゴ片手にセーレが微笑ましく見守る。
匂いを堪能したあとは、実食。ダンタリオンは迷いながらも、まずは特別甘い匂いを醸し出すアンコの串に齧り付いた。
「っ……! あまい!」
「ハハハ! ダンタくんならアンコからいく気がしたよ。美味しいかい?」
セーレの問いかけも聞こえない程に無我夢中で、ダンタリオンはもちもちと噛みごたえのあるオダンゴを咀嚼する。
頑なに変化がなかったダンタリオンの表情がやや緩まり、顔の半分が隠れる仮面の表情はそれはもう恍惚としたものに変化していた。それを見れば、わざわざ答えなど聞く必要も無かった。
少年のように大きな口を開けて、美味しそうにオダンゴを頬張るダンタリオンを眺めるセーレに、ゾワゾワと、なかば予感にも近い悪寒が走った。
「あれぇ? ダンタくんにセーレくんじゃあん、奇遇だねぇ~?」
屋台の反対側から顔を出したのは、にっこりと笑みを浮かべて必要以上に色気を振りまくアスモデウスだった。
乱れた襟元から覗く内出血の跡とツヤツヤした表情でいらぬ事まで察せてしまったセーレは、可哀想な程に顔を青ざめさせる。
「ヒィッ」
「あは、セーレくんさぁ、そんなに怯えないで欲しいなぁ? 余計可愛がりたくなっちゃうんだけどぉ?」
アスモデウスが距離を詰めるたび、セーレも後ろに後ずさる。
セーレは無意識に首を庇うように覆い、恐怖を堪えながら彼に声をかける。
「うっ……ア、アスモ、デウス、くん。ど、どうしてこんな所に?」
「え~やだぁ、セーレくんてば分かってるくせにオレの口から訊きたいのぉ? えっち~」
「ち、ちが……っ!」
弓なりに細めた妖しく光るピンクの瞳に射抜かれて、セーレは視線も体の自由までも奪われる。
しまったと思っても既に遅く、彼の意思に反してアスモデウスの方へ勝手に歩を進める足。セーレに焦燥感と恐怖が募る。
アスモデウスに殺された時の、悪鬼のような歪んだ表情、首に食い込む爪の感触、締め上げられる苦しみ、泣き叫ぶあの子の声。それらが脳裏に反響し、セーレの目は光を失っていく。
涙や鼻水や涎でぐしゃぐしゃな絶望の表情が張り付くセーレを見て、愉悦に顔を歪ませるアスモデウス。
本来、快楽に堕とすのを好むアスモデウスだが、彼に対してだけは違った。泣き叫び、壊れるまで極限の絶望を追体験させる事で悦びと一際の興奮を覚えていた。
「あぁ、んふふ……イイ。イイよぉ、セーレくん」
「アスモ。だめ……やりすぎ」
ぺちりとダンタリオンに頬を叩かれて、アスモデウスははっと我に返る。
「……えへっ、セーレくんが可愛くってつい。ごめんごめん。って、大丈夫ぅ~?」
身体の拘束が解け、その場に崩れ落ちるセーレ。すかさずダンタリオンが駆け寄って、様子を確かめる。
「気を失ったみたい。……アスモ、その癖どうにかならないの」
「ん~無理っぽい? あはは、ごめんねぇ?」
全く反省の色がないアスモデウスに、少しムッとするダンタリオン。仮面の表情は怒っていた。
「……不用意にセーレに近づくなってルシファー言ってた」
「ごめんて~、今度イイことしたげるからぁ、許して?」
「ルシファーに、言い付ける」
ダンタリオンはセーレを軽々と抱き上げて、アスモデウスに背を向けた。
アスモデウスのことは好きな方だが、セーレが絡む時のアスモデウスのことだけは嫌いだった。
まだ弁明を続けるアスモデウスを無視して、ダンタリオンはセーレが住む小屋へと向かうのだった。
その後、セーレはアスモデウスと出くわしたことをきれいさっぱり忘れていた。
ダンタリオンの得意とする記憶操作。今回のことがあまりにも気の毒だと思い、彼が気を失っているうちにそれを行使していた。
目が覚めてからというもの、セーレは農作業もお預けでひたすらダンタリオンにオダンゴ屋を連れ回されたのだった。
「……当然。手間賃だから」
「うん? 何か言ったかい?」
「なんでもない……次、イソベがいい」
「それは甘くないやつだよ」
――
―――
アスモデウスのやべぇところが露見してしまった話です。
セーレとダンタリオンは仲良しなんだよというところを書きたかった。
ちなみに、セーレの前世ヴィンセントはサラという女性の7番目の夫だった。つまり、そういうことですね。
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