第82話

父は何か書き物をして過ごしている。彼は義母の死から未だに立ち直っていない。わたしはできるだけ彼と話をする。彼の話は義母の話に終始する。時にはお腹にいた子の話も。


 その子がいたら、この家も賑やかだっただろうと父は言う。わたしも何度もそれを聞かされている内に、それがありありと想像できるようになってきた。ふくふくとした小さな子。男か女かわからない子。その子がわたしたちの、つまりわたしと父と義母の日々を華やいで見せてくれていたであろうことを、父は語った。わたしは笑ってそれに応じながらも、底知れない悲しみが父を包んでいることを実感していた。父は、一人で耐えていた。わたしはできるだけ彼が立ち直る手助けをしようと、努力した。


「お前の薔薇は、実ったようだね」


 不意に父が言った。わたしは驚き、目を見張って黙った。


「楽しみだよ。子供が生まれてくるのはいつだって」


 でも、その前に黄薔薇は死んでしまうのよ。わたしはそう言おうとして、口をぎゅっとつぐんだ。


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