第78話

「もういいよ、二人とも。次は明日だ」


 静雄が二人の肩に手をかけ、二人はようやく離れた。白薔薇の口から黄薔薇の舌が引き抜かれる。


「明日? もう受粉したのではないのですか?」


 黄薔薇が笑顔で訊く。静雄はにこりともせずに答える。


「薔薇は受粉しにくいものなんだ。君の雌しべが許す限り、これをやるよ」


 白薔薇は池に足を入れ、がっくりと首を垂れた。わたしは彼に何と言っていいかわからない。


 黄薔薇たちと別れ、わたしと静雄は一緒に家のほうに向かう。言葉はない。わたしは、どうして彼が黄薔薇たちの交配を決めたのか、訊きかねたままだ。静雄は急に冷徹な人間になった気がしてならない。言葉が通じなくなってさえいるように思える。


「沙良はおれが酷い奴だって思ってる?」


 静雄は、ためらうように切り出した。わたしは何も答えることができない。

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