第76話

「でも」


「沙良さん、わたしは子孫がほしいです。命を繋ぎたいのです」


 黄薔薇が白薔薇の腕を離れ、わたしのむき出しの首筋にひんやりとした手を触れた。見ると真剣な目をしている。


「お願いです」


 命を無駄にするのは酷いことだよ。という言葉を思い出した。静雄が言ったのだ。わたしは混乱した頭の中で、その言葉だけを拾い上げたのだった。


「あなたたちをただ生きさせるだけでは、命の無駄遣いなの?」


「ええ」


 わたしの問いに、黄薔薇が答えた。わたしは息の上がる思いをしながら、わかった、と答えた。五月の末。薔薇の受粉に適した時期だった。


     *


 黄薔薇の口の中に、静雄が手を突っ込む。指やピンセットなどを使い、口の中に生えた雄しべをむしる。黄薔薇は痛そうに顔を歪める。それでも抵抗したりはせず、静雄が手を引き抜いて雄しべを捨てるとすぐに口を大きく開いて作業を待つ。雄しべを捨てないと、黄薔薇は自家受粉してしまう可能性がある。より丈夫な薔薇を作るには、他の薔薇との交配が必要なのだとわたしは知っている。黄薔薇の雄しべは普通の薔薇より大きくて、黄色い花粉も充分についている。

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