第58話

「しばらくゆかりを置いて大広間に行った。お前がいた。わたしはお前に、新しいお母さんが来た、と言った」


 覚えている。わたしは父の言葉を不愉快に思い、自分の部屋に逃げたのだ。


「お前はいつの間にかいなくなって、わたしは困って隣の敬子さんにリングの通信機能を使って相談した。彼女は、何を言っているの、必ず迎え入れて親切にしてあげなさい、と言った」


 敬子さんは敏夫さんという夫を迎え入れた側の人だ。きっと気持ちがわかったのだろう。


「わたしはそうしようと思った。ここでは受け入れることをしないと、誰もが苦しい思いをする」


 わたしはぎゅっと唇を噛んだ。


「ゆかりのほうは目覚めたあとも、わたしたちを警戒していたね。わたしもそうだった。けれど、わたしがまず彼女を受け入れないといけない。そうでないと、彼女は孤独になる。記憶もなく、頼る人もない。そんな状況を、わたしは想像もできないけれど、辛いだろうと思って彼女と接した。彼女は徐々に態度を和らげ、わたしを受け入れた。わたしたちはいつの間にか寄り添うようになっていた。幸せになったよ。受け入れることで、幸せになった。今は失ってしまったけれど。ゆかりも、子供も」

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