第55話

「わたしもお前にそうできたらよかったけどね。何となくうまく行かなくなってしまった」


 下を向く。


「ごめんな」


 涙目をしばたかせた。父の思いはそれだけで十分に伝わってきた。わたしは、父を嫌っていたことを後悔した。わたしこそ、ごめんなさい。そう言えばいいのだが、できなかった。生母の影が頭の中をよぎったからだ。


「今からゆかりたちの灰を撒くよ。沙良も一掴み持って。敏夫さんも敬子さんも、静雄君も」


 わたしたちはめいめいに父の持つ壷に手を入れた。灰はさらさらと乾いていて、白かった。これが美しい義母と、見ることのなかった弟妹のどちらかのものだと考えるのは、到底できなかった。


 庭に、撒く。少しずつ、少しずつ。見えないくらいうっすらと、石畳やその間の土の間に積もる。義母とその子の灰はそのまま風雨にさらされ、この庭の一部となるだろう。わたしたちの中の記憶も風化して、影を失いかけても、この場所がなくなっても、義母たちはどこかにいる。ふと顔を上げると、父は立ち尽くして壷の中を覗いていた。空になったであろうそれを、父は見つめ続けている。静雄が薔薇を庭の中央に置いた。この花は、腐ってしまってもこの場所にあるだろう。

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