第54話

父がわたしを見る。わたしは目を逸らした。それから、父をもう一度見つめた。父は、義母を愛していたのだ。強く。失ってこんなにぼろぼろになってしまうほどに。わたしは無言でうなずいた。


「ありがとう、沙良」


「いいの。わたしはお義母様に優しくしていただいたから、いいの」


 父の唇がひくひくと動いた。多分微笑もうとしている。わたしと父はうろたえていた。言葉をまともに交わすのは数ヶ月ぶりだった。静雄がわたしの背中をぽんと押した。励まされたわたしは、ようやく声を出す。


「お義母様に、優しくすればよかったわ」


 父はやっと微笑み、言った。


「ゆかりはお前を愛していた。親だから、そうできただけで充分だと思ったはずだよ。ゆかりはよくしてくれただろう?」


 わたしはうなずいた。声を出したらかすれてしまいそうだった。

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