第32話

「静雄さん?」


 わたしが声をかけたのを弾みにしたように、静雄がポケットの中にあった拳を勢いよくわたしに突き出した。


「これ、おれの代わりに育てて」


 受け取ると、それはかすかな重みのある冷たい塊だった。よく見ると、爪があり、関節があり、しわがある。誰かの親指。


 小さく叫んで手を離すと、それは池にぽちゃんと落ちた。わたしは、静雄を見た。静雄もわたしを見た。二人とも少し怯えていた。


「どうして指が?」


「あれはただの指だよ」


「薔薇の指です」


 指を掬い上げて黄薔薇が頬ずりした。頬に水がつき、するっと落ちて池に戻った。指はぴくぴくと動き、黄薔薇の声に反応している。


「わたしの新しいお友達」


 黄薔薇は微笑んでわたしたちを見た。指は、新しいヒト薔薇となるものの原型なのだった。


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