第11話

「四月。なら、あと三月だ」


 父が甲高い猫なで声を出す。義母が微笑む。


「赤ちゃんが生まれたら」


「わたしには関係ないことだわ」


 わたしは急に面倒くさくなって二人の前から図書館に消える。一瞬見えたぽかんとしている両親を、わたしは馬鹿らしく思う。


 図書室にこもり、オーク製のドアを撫でる。滑らかな感触が心地いい。周りを見渡す。部屋に並んだ書架を、一つ一つ見る。誰にも読まれない本たち。ただの雰囲気作りの飾り。それでも愛おしい。わたしは書架のこちら側にある白い絹張りの椅子に体を沈め、リングに触れた。出てきた平面に映し出される「マノン・レスコー」の続きを読み始める。ゆっくり、ゆっくりと。じれったくてもいい。わたしには時間があり余っている。


 愛の物語は、どうしてこうも辛くなるのだろう。

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