第10話

柔らかな声。わたしは振り返り、ええ、と微笑んだ。義母が父と共に父の書斎からやってきたのだ。義母は、腹部以外は華奢な体つきをゆったりと揺らしてわたしに近づいてくる。彼女は美しいと思う。だからわたしは彼女が嫌い。父は物語の小人そっくりの体型で、義母といるときはいつもにこにこ笑っている禿げ頭の中年男だ。わたしは純粋に彼が嫌い。彼のほうでもそれほどわたしに関心を持ってはいないだろう。


「静雄さんの薔薇を見に行ったの。まだ咲いてなかったわ」


 わたしは静雄と話すときよりも少し優しい、よそ行きの声を出す。義母と話すときはいつもこうだ。わたしは彼女に心を開いていないから。彼女は気づいているだろう。わたしは隣家の人々とはもっとざっくばらんと話すのだから。


「まだ四月だもの。当然よ」


 彼女がころころと鈴の音のような笑い声を上げながら父の腕を引く。父は嬉しそうにその手を見る。わたしはこのつまらない時間が早く終わらないかと少し苛々する。

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