第26話
もし、ハナと添い遂げられたとしよう。
その時は幸せでも、いつかハナは老いさらばえて糺を置いて逝ってしまう。
(ハナのいない世界を生きる……気が狂いそうだ……それに……もし、全く老化しない僕を、ハナが恐れて拒絶したら……)
“恐ろしい”
好いた女性に対して抱いた初めての感情だった。
妻が糺を拒絶しながらあの世に旅立っても、仕方ないと受け入れたというのに。
(ハナに嫌われるのは、嫌だ……ずっと笑っていて欲しい)
糺はこの気持ちに蓋をし、永遠に秘密にしようと己に誓いを立てた。
しかし、その誓いは呆気なく崩れ去ってしまう。
彼女も同じ好意を抱いたと知った瞬間、糺の理性は今にも瓦解を始めていた。
「あなたの子どもが欲しい……」と潤んだ目で囁かれた瞬間、糺は我を失いハナを閨に連れて組み敷いていた。
“お前が孤独に耐えられなくなったら、愛する女に食わせてやればいい”
赤を散らし、ハナを征服した瞬間、糺は遥か昔に聞いた老人の言葉を思い出した。
翌朝、気持ちよさそうに眠る彼女を見遣り、後ろ髪引かれる思いで朝食の準備をしに台所へ向かった。
謎の老人から貰った人魚の肉は、永い時を経ても腐ることなく、釣りたてをすぐに捌いたかのような新鮮さがある。
糺はその肉を包丁で一口大に切り、湯だった鍋に全て入れた。
かつての妻には食べさせることのなかった人魚の肉を、ハナに食べさせる。
途方もなく長い時を共に生きていきたいと願ったのは、ハナが初めてだった。
ようやく起き上がったハナに振る舞ってやると、ハナは戸惑いながらも口にし、美味しそうに無我夢中になって全てを食した。
ハナが美味しそうに食べているところを見つめるだけで言い表せない高揚感でいっぱいになる。
人魚の肉がハナの血肉となり、不老の肉体を得る。己と同じ人の形をした化け物に変貌するのだ。
(ああ、楽しみだ……)
糺の笑みは歪みきっていた。
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