第19話
数日後。ハナは退院する日を迎えた。
看護師に支払いのことを聞くと、製薬会社が代わりに負担してくれると教えてくれた。
ボストンバッグにわずかな着替えと、財布、嘉乃が残してくれたハナ名義の銀行の通帳とキャッシュカードを詰めていく。
「あの、銀行はどこにありますか」
「銀行は近くにございませんがATMでしたら東棟の一階にございますよ」
遠い昔、昭和の後半に一度だけ利用したことがあった。印鑑を用いて人とやり取りしなくても預金や引き出しが出来ることに感動したものだ。
生前、嘉乃から教わった暗証番号を打ち込み、残高照会をする。
少しだけ入れたと聞いていたが、画面に表示された数百万円にはひどく驚かされた。
(嘉乃ったら私にこんなに残してくれたの? いくら嫁ぎ先が裕福だからって……)
嘉乃は高卒後に就職した職場で、創業一族の令息に見初められて結婚した。
(これは無くしてはいけない)
ハナはひとまず十万円下ろして財布に収めると、病室に戻った。
「山口さん、監査の人があなたとお話したいと連絡があったので、ここで待ってくださいね」
病室に戻ると、看護師にここで待つように指示された。
ハナは待っている間ソワソワしていた。
ようやく監査の人間に会えるのだ。ずっとお礼を伝えたくて仕方なかった。
午前九時頃、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
看護師が言っていた監査の人だろうか。そう思って中に入るように促した。
ドアが開いて姿が目に入った瞬間、ハナは驚愕したきり固まっていた。
中に入って来たのは……糺によく似た青い目の青年だった。研究員に監禁された自分を助け出してくれた彼だ。
「おはようございます。山口さん、具合はいかがですか?」
彼は見れば見るほどあまりにも糺と瓜二つだ。
顔を見る度に、彼が名を紡ぐ度に鼓動が暴れてしまう。
(私ったら動揺してるのかしら……彼は
「元気です……あの時はすみません……」
「謝るようなことありました?」
「挙動不審になって、いきなり泣き出したから……あなたが、私の知り合いにとてもよく似ていたので、つい……」
あの時に聞いた“ハナちゃん”と呼んだ声は、自分が作り出した幻聴だろうと結論づけた。彼は糺の子孫かそっくりさんのどちらかだろう。
それをいきなり尋ねるには不躾で、真相を知る術はない。
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