第17話
「三年前、お前が朝帰りした日、頑なに口を割らなかったが、お前を傷物にしたのは奴だろ?」
全てを語らなかったが、父は察していたようだ。
「……お父さんの言う通りです。私は彼を愛しています。ただ、彼に傷物にされたのではありません。私が望んだことです」
ハナは毅然とした態度で偽りなく本音を告げた。
「私は彼しか考えられません。彼が帰って来なければ一人で生きていきます。その覚悟は出来ています」
頑ななハナに、父は大きく嘆息をした。
「縁談とは言ったが、婚儀の日取りは決めてある。言い方を変えよう。彼と結婚しなさい。お前に拒否権は一切ない」
「……決定事項だったのですね」
「お前は母さんに似て頑固なところがある。ああするしか無かったのだ」
父が水面下で進めていた事実に、ハナの目は瞠目したままだ。断れば周りに多大な迷惑を掛けてしまう。
何より、自分のせいで弟や妹に不都合が起きることは避けなければならない。
「お前は来年二十歳になる。遅い方だ。お前がいつまでも独り身では父さんと母さんは死んでも死にきれん」
“腹を括りなさい”
父はそれだけを吐き捨てると、ハナを残して居間から出て行った。
ハナはわずか一ヶ月後で父の決めた相手と祝言を挙げた。
夫となる潔と初めての会ったのは、祝言の当日だった。
祝言は戦後直後故に非常に質素なものだったが、敗戦により暗い雰囲気を漂わせていた近隣の空気は、お祝いムードで朗らかなものになった。
この日を境にハナは石田から山口に姓を改めた。
愛する人と離れ離れになったもの同士の夫婦は、少しずつ距離を縮め親交を深めていった。
この時ハナは、老いさらばえることもなく途方もなく長い年月を生きていくことになるとはまだ知る由もなかった。
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