第16話
結局のところ、ハナは糺との子どもを宿すことはなかった。
糺が町からいなくなって数年間の戦況はさらに過酷なものと成り果てた。
大きな神社がある近隣の街は悲惨な空襲に遭い、そこに住まう母方の親戚を喪った。
警報が鳴り響く度に、防空壕に潜り込み、家族皆で身を寄せて怯え、緊迫した日々を送っていた。
一九四五年八月十五日。玉音放送を以て終戦の日を迎えた。
日本は敗戦国となった。
日本が負けたと知って、泣き崩れる者や怒りを露わにする者がいたが、ハナはどちらにも当てはまらずぼんやりとその様子を他人事のように眺めていた。
張り詰めた糸が切れて、ただ無気力だった。
戦争が終焉を迎えて二ヶ月の時が過ぎた。
ハナは茫然自失になり抜け殻のように日々を過ごしていた。
糺は未だに帰ってこない。戦死の話も聞くことはなく、生死が不明だ。
「ハナ、お前に話がある」
少し肌寒さを覚えた十月の半ばの夜。
床に就こうと二階へ向かおうとしたハナは、父に呼び出され、居間で対峙していた。
「お前に縁談がある」
突如、父は見知らぬ青年の写真を見せて切り出した。
「
セピア色の写真に映る青年は、理知的で聡明そうな容貌をしていた。
潔はハナより七つ年上で、師範学校を出た後小学校の教員として勤めている。昨年からハナの母校で教鞭を取っている。
簡易的な釣書にそう書かれてあった。
「彼には婚約者がいたが、病で亡くしたので彼女の後釜としてお前に白羽の矢が立った」
「折角のお話ですが、お断りしてください。私には心に決めた人がいます」
例え糺が生存しているか不明だとしても、ハナは彼以外と添い遂げるつもりはなかった。
「その相手は山階と言う青年だろう?」
「……っ!」
父の険しい表情で落とされた言葉にハナの肩が大きく揺れた。
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