第15話

 朝食を食べ終えて、後片付けをした後、顔を洗って身支度を整える。


 帰らなければ行けないと思うと、名残惜しさのあまり、足が鉛のように重くなるのを感じた。


「ごちそうさまでした……あの、私……」


 目の前の視界が歪みだした。いつの間にか涙か溢れていた。


「そんな顔されると、帰したくなくなる……」


 糺はハナを抱き締めて、唇を深く塞いだ。舌が割入れられ、ハナのものと絡み合っていく。


(溶けそう……本当に溶けて一つになれたらずっと一緒にいられるのに……)


 行かないで、ずっと傍にいて!


 糺の口付けに溺れながら、声にならない声で切実な願いを叫び続けている。

 しかし、奥底に押し込まれた良心が、自己中心的な思考を自覚させ、萎ませていった。


 ハナは糺の胸を押し返し、泣く泣く彼から離れていった。


「私、帰ります。糺さん、出征の準備で忙しいでしょう?」


 お邪魔しました、と弱々しい声音を零し、足早に玄関へ向かうと草履を履く。

 戸を開ければ、己のどんよりした気持ちとは逆に雲一つない晴天が広がり、灼熱の日差しが降り注いでいた。


 ハナは一歩を踏み出す前にゆっくりと振り向いた。


「……当日、見送りに行かせてください」

「……」


 糺はかぶりを振ることも頷くこともせず無言でハナを見つめていた。ハナは糺の返事を聞くことなく一気に駆け出した。





 帰宅した頃には、弟妹は既に登校しておりいなかった。

 両親は前触れもなく朝帰りをした娘を怒鳴り、誰といたのかと詰問を繰り返していたが、ハナは「ごめんなさい」の謝罪以外は頑なに口を閉ざし続けていた。

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