第14話

 目を覚ますと、一糸まとわぬ姿から寝巻き用の浴衣になっていた。糺が着付けてくれたのだろうか。

 完全に眠気が飛んでいないハナは、ごろりと寝返りを打ち、しばらく微睡んでいた。

 ふと、ふわりといい匂いが鼻をくすぐった。


(いけない!)


 その匂いに一気に目が覚めたハナは、慌てて起き上がり、閨を後にした。


 居間に出ると、配膳をしている糺がいた。


「おはよう、ハナちゃん。よく眠れた?」

「おはよう、ございます……はい……」


 ちゃぶ台の上にあるのは、麦ご飯、蒸したさつまいも、何か魚の入った汁物だった。魚の出汁の香りが食欲をそそる。

 一見、アンバランスの組み合わせであったが、この時代はぜいたくは敵だと叫ばれていた。

 食べられるだけでもありがたいのだ。


(潮汁? 食糧不足のご時世にどうやってお魚を手に入れたのかしら?)


 漁師町だからいくらでも魚が手に入ると思われがちだ。

 実際は漁師の大半は徴兵され、魚を獲る者が少なくなった。更に漁船が軍に利用されていた為、気軽に魚を手に入れることは困難であった。

 配給でも中々お目にかかれないのが現状だ。


「ごめんなさい。お手伝い出来なくて、貴重な食材を使わせて」

「いいんだよ。昨日無理させてしまったから……」


 ハナは昨夜のことを思い出してしまい、頬を赤らめていた。


「それに食事は僕が勝手に用意したことだ。ハナちゃんが気に病むことはない。一緒に食べよう?」


 夏の盛りにも関わらず、糺の春に咲く菜の花のような温かな笑みを見た瞬間、ハナも釣られるように頬を緩ませた。


 二人は食事を始めた。


「あの、お魚、全部いいんですか? 糺さんの分がありませんよ」


 糺の持つお椀は魚がなく、汁のみだ。


「遠慮はしなくていい。ハナちゃんは家では弟や妹に譲っているんだろ?」

「確かに、そうですけど……」

「昨日思ったけど、ハナちゃんの体細くて心配になるんだ。だから遠慮しないで食べて?」

「ありがとうございます……いただきます」


 ハナはお椀を取り、魚を一口食べてみた。


「……っ、これ美味しいです! 何のお魚ですか?」


 鯛だろうか、ノドグロだろうか……どれにも当てはまらない極上の味だった。


「……なんだったかな? くれた人が教えてくれたんだけど聞きなれない種類でね、はっきりと覚えてないんだ。でも、極めて希少な高級魚であることは確かだよ」

「ぜ、贅沢です……」


(貴重な高級魚を食べたなんて知られたら、非難されてしまうわ……言わないでおこう)


 ハナは心の中で誓いながら、糺の作ってくれた食事を味わって食べた。


(こうやって食べていると、夫婦になったみたい……)


 ちゃぶ台を囲んでの食事は、楽しくてくすぐったい気持ちでいっぱいだった。

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