第12話
壁掛けの振り子時計が夜の十一時過ぎを示している。
二階の一室で仲良く大の字になっている双子の弟達と、隅でお行儀よく仰向けになる文子を一瞥すると、ハナは足音を立てずに部屋を後にした。
ハナは寝巻きの浴衣姿のまま、家を飛び出した。
三軒先の糺の自宅はあっという間に着いてしまう。ハナは緊張した面持ちのまま、しばらく立ち尽くしていた。
夜中の小さな漁師町は静寂が広がっている。聞こえるのは、小さな風の音と波の音だけだ。
(大丈夫……覚悟は決めた……勘当されても構わない)
ハナは己の両頬を二度叩き、腹を括る気概で右手の拳を作った。
「ごめんください」
ハナは近隣に迷惑にならない程度に玄関の戸をゆっくりと叩き続けていた。
「はい……今開けますね」
非常識な深夜の訪問にも関わらず、激昂することなく対応しようとする糺だったが、ハナの顔を見た途端、眠気のある顔は僅かに険しいものに変わった。
「あの、急にごめんなさい……」
おどおどしながら一言謝りを入れるが、糺の表情は変わらない。
「今何時だと思ってるの? 女の子が一人でこんな格好で出歩くなんて……」
いつもより低く冷たい声が、ハナを震わせる。
普段は温厚な彼も、夜中に女一人が出歩くことを良しとしないのか怒っている。寝巻き姿で外に出る真似もはしたないと呆れていることだろう。
「どうしても話がしたくて……」
「明日聞くから今日はお帰り」
糺はハナに帰るよう促したが、ハナは帰るどころか糺に抱き着いた。
「嫌……」
「ハナちゃん」
「今聞いてくれるまで帰りませんっ」
ハナは糺の腰に腕を巻き付け、離れたくないと言わんばかりに力を込めて行く。
糺は小さくため息をつくと、ハナを家へ招き入れた。
居間に通されて、糺が湯のみに入った水を出してくれた。ハナは一向にそれを飲もうとせず、彼を見つめていた。
「夕方、赤紙を受け取っていましたよね?」
「そうだけど……見てたの?」
ハナは無言で小さく頷いた。
「コソコソしてごめんなさい……おめでとうございます……あの、いつ……」
「来週には発つよ」
がつん、と鈍器で殴られたようなショックがハナに襲いかかる。
「いい機会かもしれない……いつまでも僕がここに留まっても、この町の住人が苛立つだけだ。反米感情はどんどん高まる一方だからね」
ハナの視界がぐにゃぐにゃに歪んでいる。
「正直、赤紙が来てほっとしたんだ……こんな異人のような見た目でも、日本人として国の為に命を散らせるんだから」
寂しげに微笑む糺を見ていると、ハナは胸の中が切なさでいっぱいになり、息苦しさを感じた。
(達観して平気な振りをしていても、一人で抱えてきたのね……周りには理解出来ない孤独を)
気付けば体が勝手に動いていた。
ハナは糺に近寄り、躊躇いながら自分の元へ引き寄せて抱き締めていた。
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