第10話

 糺と出会ったのは、ハナが小学校に上がる前の頃だった。

 突如、彼は小さな漁師町に越してきた。自宅はハナの家から三軒しか離れていない近所であった。翻訳の仕事をしながら細々と暮らしていた。


「大荷物だね。持つよ」

「あ。大丈夫です……」


 糺はハナの制止を聞かず、味噌と米を代わりに持つ。


「顔色が良くない……素直に甘えてなさい」

「お願いします……」


 ハナは糺の厚意に甘えることにした。


 二十四、五歳ほどの見た目は、出会った頃から変わらない。一番上の長女として生まれたハナは糺を兄のように慕っていた。

 文学や歴史に造詣が深く、ハナは純文学の魅力を彼から教わった。

 思慮深い彼を深く尊敬し、いつしか異性として見るようになっていた。

 

 長く感じた自宅までの距離は、糺といるとあっという間であった。


「ありがとうございます。助かりました」

「困った時はお互い様だよ」


 もう別れてしまうのか……ハナは無性に寂しくなって、胸の中が切なくなった。気付けばハナは帰ろうとする糺を呼び止めていた。


「良かったら上がっていきませんか? お水しか出せませんが」

「いや、気持ちだけ受け取るよ。僕といるところを誰かに見られたら君達一家は非難されてしまう」


 糺は深く被ったキャスケットを上げて、双眸をハナの目の前でさらけ出した。

 糺の目は青色だった。鬼畜英米と呼ばれる欧米人と同じ色彩の……。


 彼は生まれも育ちも日本だが、雪国などの日照時間が少ない土地の人間は稀に糺のような色を持って生まれることがあると彼から教えてくれた。

 糺自身も北国の漁村で生まれ育ったというので、それが当てはまるらしい。


 しかし、町の人間は納得することはなく糺を忌避し、村八分を行った。

 小さな子供が悪ふざけで糺の家に石を投げたこともあった。


「糺さんは……目が青いだけで、私たちと同じ日本人じゃないですか……おかしいですよ……」


 ハナは、糺が不当な扱いを受けている現状を憂い、憤慨していた。


 糺は目を細め、柔らかい笑みを浮かべた。


「ハナちゃんは優しい子だね」


 低い位置に結わえたお下げを手に取り、優しく梳いていく。


「今はこんなご時世だから仕方ないよ……いつかは価値観が変わる。それまでの辛抱さ」


(糺さんは凄いわ。まだ若いのに達観した考えが出来るなんて)


 きっと自分なら悲嘆に暮れてめそめそ泣いていることだろう……とハナは密かに思っていた。

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