第9話

 一九四二年……昭和十七年。


 戦況が厳しくなり、“欲しがりません勝つまでは”が流行語になるほど、生活の何もかもが制限されていた。

 全ては戦地で戦う兵隊さんのため、お国のため。


 ハナは尋常小学校を出てから進学することなく、家事手伝いとして家に入った。

 本当は高等女学校に進学したかったが、「女に学問は要らない」と父に猛反対され、断念した。


 十六歳の花の盛りを迎えたハナだが、母に代わって小学校に通う弟妹の面倒を見ながら、家事を手伝う日々を過ごしていた。


 七月のある日。この日は配給される日であった。配給制度が始まり、食糧や衣類などを切符で交換して得ていた。

 それだけでは食事は不十分なので家の庭先で家庭菜園をして野菜を育てている。

 

 ハナは暑い日差しを浴びながら、運良く手に入った味噌、塩、醤油、僅かな米を抱えながら帰路に就いていた。

 卵も欲しかったが、栄養価の高い卵はかなりの贅沢品だ。口に出来るのは夢のまた夢である。


(暑い……みぞれのかかったかき氷が食べたい……)


 満足な食事にありつけないせいで、ハナはすっかり夏バテになっていた。早朝に畑仕事をしたこともあり、疲労はいつもより蓄積されていた。


(弱音を吐いちゃダメ……兵隊さんが海の向こうで頑張っているもの)


 力の入らない体に鞭を打ち、己に叱咤をするが、ふらつく体は変わらない。


「ハナちゃん」


 自宅まであと数百メートルに差し掛かった頃、背後からテノールが聞こえた。

 ゆっくりと振り向くと、そこには顔を隠すようにキャスケットを深く被った青年が佇んでいた。


 一見、怪しさ満点な男だが、ハナは訝しむどころか満面の笑みを浮かべた。


「こんにちはっ、糺さん」


 彼――山階やましなただしは、ハナにとって幼なじみのお兄さんであった。

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