第7話

研究所内は混乱していた。


 研究員が言い争っている。これまで集めた実験データをどこへ隠そうかだの、潔く警察に引き渡すべきだ、と終わりの見えない議論を繰り広げている。

 言い争いがヒートアップしていき、いつの間にか誰がリークしたのか犯人探しに切り替わっていた。揉めに揉めて殴り合いに発展していく。拳が鈍器に切り替わるまで時間は要しなかった。


 人は非常時に陥ると、殺めることも厭わない。


 ハナが見える周囲は赤一色だ。傍で倒れて悶絶する一人は腸を覗かせている。

 これは血みどろの残酷劇グランギニョルと言っても過言ではない。


「クソ! せめてコレだけは隠さなければ!」

「きゃっ」


 一人の研究員がハナを強引に担ぎ込み、厳重なパスワードを解除し、最奥へ連れて行く。

 辿り着いた先は、一つも窓がない部屋で、物が一切ない。先程の血みどろとは逆に真っ白な部屋だった。


「どうせ食わなくたって死なない……おい、しばらくここで待機してろ!」

「いやです……! ここから出して!」


 ハナの懇願を聞き入れることなく、研究員は彼女を放り投げそそくさと扉を閉ざした。







 閉じられた真っ白な空間は、時間の感覚を奪い取っていく。数分しか経っていないのか、数年が経過したのか、あまりにも長く生きたハナには知る術がない。


「舌を噛み切れば、死ねるかしら……」


 過去に観たテレビの時代劇のワンシーンを思い出した。

 ハナは生きることに疲れ果ててしまった。彼女に取り憑いているのは死への誘惑。

 ハナは舌を出し恐る恐る歯を立ててみた。


 その時だった。

 何重も施された厳重な施錠が解かれ、閉じられた扉が開かれた。


(あの研究員……?)


 またあの凄惨な実験の日々に戻るのか……ハナは舌を噛むことを忘れ、華奢な体を抱き締めてカタカタと震えていた。


 しかし、ハナの予想は大きく外れた。

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