第5話

「体には気をつけて、ください」


 半袖のブラウスに、着用が義務付けられたモンペをまとうハナは、しがみついて嗚咽を零したくなる衝動を必死に抑えては、毅然とした態度で軍服姿の青年を見つめる。


「もし、ここにいたら、産んで、あなたのような優しい人に育ててみせます……」


 一緒に待っている、という本音を隠して膨らみのない腹部をそっと手を添える。


 彼は返事の代わりにハナの髪を優しく撫でた。


「僕のことは忘れて、幸せになって」


 万歳! 万歳! 万歳! 万歳!


 耳をつんざくほどの周囲の万歳三唱は遠くなり、ハナの耳に入らなくなった。まるで呪いのようにぐるぐると頭の中で彼の言葉が回り続けている。


(酷い人。私はあなたと一緒じゃなきゃ幸せになれないのに)


 だんだん小さくなり、ひしめく人々に紛れていく彼の姿を必死に目で追い掛けていく。


(愛する人を私から引き離す戦争なんて、クソくらえよ)


 勿論、本音を口にすれば周囲の人間はハナを非国民と非難するだろう。


 日の丸の旗を振りながら戦地へ旅立とうとする兵士を見送る者に囲まれて、ハナは呆然と彼が乗り込んだ列車が動き出すのを見つめていた――――









(懐かしい夢……もうあれから百年が過ぎたんだ……)


 ハナが本当の意味で娘だった頃の思い出が、夢となって現れたのだ。


(あの人は……無事に帰って、他の人と家庭を築いたのかしら? 子供や孫に囲まれて幸せだった?)


 どれだけ想像を働かせても、確認する術はなく無意味な時間が過ぎるだけだ。

 ハナは、機械的に実験のスケジュールをこなし、苦痛に悶えるだけの単調で地獄のような日々を送るしか出来ない。



 実験を終えて満身創痍のハナは、簡易のベッドに伏していた。


 未だに不老の解明は一パーセントも出来ていないと、研究員の話を聞いた。

 ハナのDNAは人間とは異なる構造だと言う。遺伝子操作による再現は現代の科学を以てしても不可能だ。

 その難易度は宇宙に進出する方が簡単ではないかとまことしやかに囁かれているほどである。


(諦めてしまえばいいのに……)


 不老はいつの時代も人々を魅了させ、狂わせていく――――

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