第3話

 その異常に気付いたのは、最初の息子が三十路を迎えた頃だった。

 これまでは童顔ということで追及されるとこはなかったが、あまりにも老けないハナを夫と息子、姑、小姑(夫の姉妹)は不審の声を上げ始めた。

 この時のハナは五十歳だった。


 還暦を迎えても、十代の頃と変わらぬシミひとつないハリのある肌、黒々とした艶やかな髪、有り余る体力は衰えることはなかった。

 夫と並んで歩くと、祖父と孫と間違えられることも増えていった。

 気の所為だと目をそらすことが出来なくなってしまった。





 抄本を目に通した男は、ほう、と大きく息をついた。男の目は恍惚と興奮が同居していた。


「不老不死は伝説上の話と思っていましたが、あなたは奇跡のような方だ」


(呪いの間違いではなくて?)


 頭の中に反論が浮かんだが、口をつぐんで、声に出すことはない。


「あなたの事を隅々まで調べれば、アンチエイジングの技術の発展が大きなものになるでしょう! 医療や美容業界に革命が起きることは間違いなしです!」


 鼻の穴を膨らませながらやたら雄弁に語る男に、ハナは乾いた笑いを零すしかなかった。


(確かに平均寿命は私が本当に若かった頃より伸びた。若い頃の容姿をなるべく維持したい気持ちも分かる。でも、私のような人間を目指す必要はないと思うの……そんなの、不自然で気持ち悪いわ)


 結婚当初、ハナを大事にしてくれた夫も、母さんと慕ってくれた上三人の息子達も、歳を重ねても老化が見られないハナを気持ち悪がり疎むようになった。

 夫が死んだ後、嘉乃に引き取られるまでは長男に軟禁状態を強いられたものだ。彼の孫の顔は数える程しか見たことがない。


「不自由はさせません。ただ、我が社の研究に協力して頂きたい」

「……分かりました。お世話になります」


 嘉乃がいないこの家に留まっても、身内から疎まれて針のむしろに座らされる日々を送るだけだ。

 特に孫の妻は、異常なハナを恐れるあまり、軽度の精神疾患を患った。


 ハナは抵抗も反発もすることなく、製薬会社の研究所に引き取られる道を選んだ。


 少し時間を貰い、僅かな荷物をボストンバッグに詰めていく。その作業はあっという間に終わり、


「お世話になりました……残っているものは処分してくれますか?」

「はい」

「体には気を付けてね」


 孫は一言もハナに言葉をかけることはなかった。

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