第2話

 嘉乃の葬儀を終え、四十九日を過ぎた頃。

 

 世話になった頃から宛てがわれた洋室で、ハナは小さな嘉乃の遺影を手に取って見つめていた。


 嘉乃が産まれた日、高校に入学した日、就職し、職場の制服に身を包んだ初々しい姿、ウエディングドレスを着て幸せそうに微笑む顔、産まれたばかりの孫を腕に抱き、慈悲深い母の顔……。


 これまでのことが走馬灯のように流れてくる。


お祖母様・・・・


 遺影を見つめたままのハナに声を掛けたのは、還暦を少し過ぎた老年の男性だった。目付きが鋭く老猾な印象を受ける。


 かつてはおしめを替えたり、ミルクを作って飲ませてやったことのある孫であり、長年お世話になった家主でもある。


「あなたを引き取ってくださる方が会いに来ました。応接間でお待ちです」

「……分かりました」


 ハナは老猾な孫息子に引き連れられて、洋室を後にした。

 一瞬、後ろを振り返ると、和やかに微笑む嘉乃の写真と目が合った。


 応接間に入ると、上質なスーツ姿の男性がソファーに座っていた。身なりの良い四十代ほどの外見をしていた。


「あなたが山口やまぐちハナさんですね。私はこういうものです」


 ハナに差し出された名刺には、テレビのコマーシャルで目にしたことのある大手の製薬会社の社名が載っていた。

 彼に、代表取締役と言う役職が記載されていた。


「まあ、大きな会社の社長さんが、私に会いに来てくださるなんて」


 目を丸くさせていると、男はハナの元へ近寄り、頬に手を這わせた。

 そのいやらしい手つきに、ハナはひそめた眉を隠さなかった。


「あなた本当にお若い……十代後半くらいにしか見えません。大正生まれのお婆ちゃんと言われても信じられませんよ!」

「事実ですから……今年で百十五歳になりましたの」


 決して洞を吹いた訳ではなく、大真面目に述べている。


「戸籍をご覧になりますか? いつも持ち歩いていますの」


 ハナは肌身離さず持ち歩いている茶封筒を差し出した。中に入っているのはハナ自身の戸籍抄本であった。


 山口ハナ……旧姓石田。大正十五年三月十日生まれ

 本籍地M県U市

 婚姻日昭和二十年十一月十六日

 配偶者氏名 山口潔


 男は目を皿にして抄本を見つめていた。



 ハナは百十五年前の大正の世に産まれながら、十代後半の頃から全く老化が見られない特異体質の持ち主であった。

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