枯れない花【完】

水生凜/椎名きさ

枯れない花

第1話

二〇‪✕‬‪✕‬年、夏。

 


 物が少ない京間の和室。

 ハナは、床に伏している老女と共にいた。ハナは冷房が苦手な老女の為に優しく団扇を扇ぎ続けている。

 ささやかに鳴る風鈴が、室内にわずかに清涼感を添えていた。


「ごめんなさい、母さん。あたしもうダメみたい。親不孝でごめんなさい」


 その声音は泣きそうなものだったが、彼女の顔は無表情だった。


「何を言ってるの? あなたは大きな病気になることなく卒寿・・を迎えられたじゃない。百点満点よ」


 老女は大きな病気や痴呆もなかったが、歩くことがままなくなり、一日の大半を布団の上で過ごしている。


 彼女の手を握り締めるハナの手は、しわくちゃな彼女と比べて白く瑞々しい肌をしていた。


(何度経験しても大事な人に先立たれるのは慣れない)


 これまで、ハナは両親、夫、三人の息子を弔ってきた。


「怖いわ。手を握って。熱で寝込んだ頃のように……」

嘉乃よしのは変わった子だねえ。“化け物”の私を変わらず母と慕ってくれるのはあなただけだもの」

「あたしにとって、綺麗で優しい自慢の母さんだから……」

「……褒めても何も出ないよ」


 ハナは照れ臭くなりぶっきらぼうに吐き捨てた。


「あたし、心配なの……あたしがいなくなった後、母さんがどうなってしまうか。息子に後のことは頼んであるけれど……」

「私のことは心配しないで。歳を食っても体だけは若いからなんとかなるわよ。その内私もあの世むこうへ行くから」


 ハナは何度も自分のことは大丈夫だと嘉乃に言い聞かせ続けた。




「沢山お話したから眠くなってきたわ」

「ゆっくりおやすみ。私は傍にいるから」


 嘉乃はハナの言葉に安心したのかすぐに瞼を閉ざし、眠りに就いた。

 その寝顔は穏やかなものであった。


 

 明朝、ハナが二十五の年に産んだ末娘の嘉乃は、老衰により静かに息を引き取った――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る