第93話

呆気に取られるりおを眺め目を細めた瀬奈は、真咲に小さく頷く。


「真咲と共に、私の部屋付きへ」


「あの・・」


「なんだ?」


「私は、真咲様にお仕えしたいのです」


「りお!!」


瀬奈に対してあまりに無礼な言葉に、真咲が声を荒げる。


面白いものを見るように瀬奈はりおを見詰める、その視線に怯まずに見つめ返すりお。


「真咲にはいずれ私の仕事を任せるつもりだ、並大抵の事ではないが、その助けにお前はなれるか?」


「なれる」


愉快そうに笑った瀬奈は、真咲を見やり「良い娘だ」と囁く。


「お前も私から離れる良い機会かも知れぬな」


「瀬奈様・・」


真咲がそっと頬を赤らめた理由が、その時は分からなかったが。




時は過ぎ、春三月。


あれからずっと、真咲様と共に奥に仕え様々な季節をを見送ってきた。


色々な事があったが、私の先には常に真咲様があり、世界の全てだった。


「見頃はもうすぐですね」


奥の庭園を真咲様と歩きながら、花を付けだした桜を見上げる。


「・・早いものだな」


昨年、瀬奈様と霧様が桜の庭で密会されていた事を思い出し、笑みが漏れる。


しかし、その瀬奈は大奥を去り今は居ない。


時折、お一人で桜の庭を歩かれる霧様を見るにつけ、胸が苦しくなるのを思い出す。


「桜など、咲かねば良いのに」


思わず呟くと、真咲様が不思議そうに見詰めてくる。


「咲いてしまえば、後は散るだけ」


見頃を待ち焦がれる、今この時が一番幸せだ。


真咲様とこうしていられる日々に、何の確証もない。


「咲き乱れる桜は美しいですが、私は寂しくてきらいです」


花開く寸前の膨らみきった蕾の妖艶な色気にこそ、花の盛りを感じる。

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