第92話

いつの間にか眠っていたりおは、明るい陽射しに目を覚ました。


朝の務めに寝坊した!と飛び起きると、不思議な形に髪を結い上げた女の姿が目に入った。


「よく眠っていたな」


女の手で、ただ無造作に結んだだけの髪を解かれる。


着物を与えられ、着替えを済ますと、感心したように眺められた。


「この器量なら、瀬奈様も否とは言うまい」


「・・・」


「お前、瀬奈様の元でお仕えする気はあるか?」


総取締の名だけは耳にしたことがあった。

上様とも対等にやり取りをするという、みりお達にとっては天下人に等しい人物。


「私が?」


「どうする?」


「・・なんで?」


驚くみりおに微笑みかけた女は


「私も、お前と同じだったから放っておけなくてな」


黒く冴え渡る美しい瞳に吸い込まれるように、みりおは頷いた。


「名は?」


「・・みりお」


「そうか、それならばこれからは『りお』と名乗るが良い」


りお・・


「あの・・」


りおの視線を捕らえて離さない女の名前を聞きたいが、無礼に当たるのではと今更戸惑った。


「私の名は、まさき」


「まさき様・・」


女はりおの手を取り、指で『真咲』と書いた。


字の読めないりおが悲しげに見上げると


「真に咲くという意味の名だ、瀬奈様が付けてくださった」


真に咲く・・花のようなこの方にぴったりな名だと思った。


口には出さなかったが。


「瀬奈様にご挨拶に伺う前に、作法を教えるから・・出来るか?」


「はい!」




瀬奈の部屋へ通され、りおは作法通りに平伏した。


「りおか、真咲より若いな」


囁くような甘い声に、許される前に顔を上げそうになるりお。


隣の真咲の指先に力が入るのが分かり、堪えて頭を下げ続けた。


「顔を見せて」


顔を上げることを許され、大奥の女とはいかに自分と住む世界が違うのかを痛感した。


真咲とはまた違う、一瞬で人を制圧するような美貌。

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