第89話

自室に戻り、肘掛にもたれぼんやりとしている凰稀に、真咲が微笑む。


「立派なお努めでした」


「そうか?」


「上様はお優しいですが、くれぐれも礼儀を弁えるよう」


「あの、早霧とかいう女官は・・上様の側室か?」


「いいえ、でも・・実壮院様はそうするおつもりのようです」


「・・・・・」


「御台様、御正室の務めの一つとして、御側室方のあしらいがございます」


「側室あしらい?そのような者共と顔を合わせるなど嫌だ」


不快感を顕わにする凰稀に、真咲が優しく微笑む。


「御側室方への振舞いで、御正室の器が解るとも言われております」


「器などどうでも良い!もう下がれ!」


機嫌を損ねた凰稀の表情はどこか悲しげで、真咲の胸が痛む。




「公武合体」を謳っての婚姻ではあるが、その実お互いが権力を譲らず水面下での諍いは続いている。


幕府側の策略では当然、宮家の血を引く子を世継ぎに据えるわけにはいかない。


結局飾り物に過ぎない御正室の未来を思うと、そのお姿を見るのが辛くなる。


ただ、将軍と御台所が交し合う眼差しは甘く、微笑ましいものがあることが救いだった。




「真咲様、恙無く終えることが出来ましたね」


自室に戻った真咲に茶を運んできたりおが微笑む。


疲れたように溜息をつく真咲が、日に日に憔悴していくようで、りおは胸を痛めていた。


「まだ・・・これから始まるのだ」


上様のお渡りが始まると、早く側室を着けたい実壮院様が黙ってはいないだろう。


瀬奈様不在の今、先代御生母付きの一派や落飾された御側室陣など、大奥の実権を狙う動きも激しくなってきている。


そういった派閥の中、上様の御養母して健気にお勤めに励む霧様がふと見せる淋しげなお顔・・・


今どこにいるのかすら伺い知れないあの人に、早く戻ってきて欲しい。


つい恨み言のように、事あるごとにその名を呟いてしまうりおであった。




つづく




季節外れな話でスミマセン。

凰稀の侍女が紅さんだったり・・いつから書いてたんだという内容を修正しつつ、ようやくのアップです。

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