第88話
式典を終え、装束から掻取に着替えた凰稀は、城の中奥と呼ばれる将軍の座敷に通された。
婚儀を終え、凰稀と同じようにホッとした顔をした真咲が将軍の到着を告げ平伏す。
部屋へ訪れ、凰稀の姿を確認した将軍は微笑み「待たせたようだな、楽にしてくれ」と告げながら、上座ではなく凰稀の向かいに腰を下ろす。
「やっとこの日を迎えられた」
居住まいを正した将軍は
「政治的な政略とはいえ、宮家の姫である貴方を江戸へ降嫁させるため、強引なやり取りがあったと聞いている」
まずはそれをお詫びする、と凰稀に向かって頭を下げた。
「上様!!なんという事を!」
腰を浮かす早霧を制すると、将軍は静かに続ける。
「だが故郷を捨てて来て頂いたからには、私が宮をお守りし、ここを気に入って頂けるよう尽力する」
凰稀の瞳を真っ直ぐに見つめる将軍。
武人らしい朴訥さで言葉は上手くないが、誠実で優しい姿に、凰稀の頬が熱くなった。
死にたい思いで、嫌々江戸へ下ったのは事実であったが、今は嫌々来たと思われるのが嫌だった。
「いいえ、将軍様にお目にかかって、気持ちが変わりました」
言葉を選んだつもりではあったが、無礼な事には変わりない凰稀の言葉に、早霧が扇子を握り締める。
「どうぞ、りかとお呼びください」
「りか・・の宮?」
「いいえ、りかと」
「ではりか、私の事は緒月と」
嬉しそうに微笑むりかを見つめ、緒月はその手を取る。
「末永く、仲睦まじく暮らそう」
緒月の言葉が嬉しかったが、突然の気持ちの変化に、上手く答える事ができなかった。
あの夜の指先の熱さを再び感じた凰稀は、あれが雪のせいではなかったと改めて気付いた。
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