第87話

婚儀に向け、奥女中や壮の干渉は益々酷いものになったが、凰稀はそれまでが嘘のように反抗するのをやめた。


言われたように髪を結わせ、壮が選んだという煌びやかな打掛にも袖を通す。


突然の変貌に皆が眉をひそめたが、滞りなく準備が進んでいく事に誰も不都合はなく、穏やかにその日を迎えた。




宮家の権威を見せ付けるかのような客人の数と、運び込まれる品々の数とその煌びやかさは、大奥の歴史の中でも類を見ないものであった。


帝の使者達は、江戸の様式で行われる婚儀に閉口の様子ではあったが、それに粛々と従う凰稀を思い声を上げる事はなかった。


先祖への参拝を終え、広間へ姿を現した若い将軍と御台所の姿に、参列者達は皆息を呑む。


婚儀の特別な化粧を施し、装束を身に着けた凰稀の美貌は誰もを圧倒した。


その肌の白さと顔の小ささは、血筋の違いを強く感じる程に、常人離れしていた。

長い睫毛を伏せたまま、口元だけ薄く微笑みを浮かべる姿は、武家の女にはない雅やかさがある。


またそれに並ぶ将軍の精悍とした姿も、傾き掛けた将軍家に希望をもたらすような若々しさに満ちていた。



壇上の将軍に平伏し、決められた口上を恙無く述べる凰稀。


言葉を発さず、凰稀を優しく見つめ小さく頷く将軍。


重量のある装束を身に着けての婚儀は長時間に及んだが、凰稀は将軍と二人になれる時間だけを心待ちに、しきたり通りに成し遂げた。



祝宴の場では、壇上に将軍と並んでいるだけで会話は許されない。


が、お互い隣を気にし合っているのが伝わり、凰稀は口元が綻ぶのを必死で押し隠し、宴をやり過ごした。

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