第84話

夜更け、壮の座敷に通された未涼は、じっと目を閉じ微動だにしなかった。


壮は、やっと手に入れた美しい僧侶の姿に目を細めながら、未涼の前に腰を下ろした。


「夜分騒がせたそうだな」


「・・・・」


反応を示さない未涼に、腰を浮かす早霧を、壮は黙って制する。


「髪が伸びるまで、離れの座敷で過ごすように」


「・・・で?」


ゆっくりと瞳を開いた未涼は、正面から壮を見据える。


「髪を伸ばして・・・あとは何をしたらええの?」


「言葉を謹め!」


「江戸言葉に肌の手入れと、それから?」


無礼なら罰すればいいと早霧に微笑みかけながら、未涼はその清廉な美貌とは裏腹な態度を示した。


深く響く声は変わらないのに、早霧は経を唱えていた未凉の姿を思い返した。


頭巾から覗く長い睫毛と、黒目がちの美しい瞳はそのままなのに放つものがまるで違う。


その豹変振りに、早霧は恐怖にも似た寒気を覚えた。



不敵に微笑みさえ見せる未涼を眺め、壮は愉快そうに笑った。


「やはり思った通りだ」


笑う壮に、未涼が息を呑む。


「その美貌と声で、男も女も惑わせて跪かせてやればいい」


壮は未涼に近づくと、扇子で顎を上げさせその瞳をじっと見つめた。


「そういう己を分かっているから、仏門に身を投じたのではないのか?」


未涼の瞳が悲しげに歪み、がくっと項垂れると涙が零れ落ちた。


小さく肩を震わせる姿が哀れで、それでいて目を離すことが出来ない早霧は、言いようのない苦しさに重い溜息を吐いた。



おわり



本来は春日局のエピですが、むりやり還俗させられる僧侶まっつが書きたかっただけです。


この後側室として、上様の元へ遣わされるんですけどね・・・

それはまたそのうちに。


主役であるキタテルが出てきませんね・・・


2011.10.7

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