第83話
喉元に剣を突き立てられ震える侍女の姿を目にし、頼むからやめてくれと未涼は涙を流した。
「僧侶であるそなたは自害も出来ぬ身、従うまで周りの者を斬り続けるまで」
冷たくそう告げる早霧を、未涼は濡れた瞳で睨み付ける。
「・・こんな事が許されると思っているのか」
「許さぬも許さぬも、将軍生母である実壮院様の命だ」
「京のお上に使いを・・」
「この寺も幕府の後ろ楯があればこそ・・」
余計な真似をして援助が途切れれば、近隣の寺院全てが立ち行かなくなると脅され、未涼は畳に崩れ落ちた。
声をたてず泣く僧侶を見下ろしながら、早霧は哀れみにも似た優しい笑顔で囁く。
「上様への側仕えは、女子にとってこの上ない栄誉」
丁重にお連れするようにと役人に告げ、早霧は座敷を後にした。
「院主殿には後程、夜分騒がせた詫びをお届けにあがる」
尼僧達は悲痛な表情を浮かべながらも、将軍家と縁の深い寺院の立場では、ひれ伏し従う他に道はなかった。
罪人のように役人が腕を取ろうとするのを制し、未涼は院主に向かい深々と頭を下げた。
「私のせいで、怖い思いをさせてすまなかった」
未涼は手を合わせ、暫し目を閉じた。
唇だけで呟くのは経の一説なのか、嵐の宵闇に静寂が戻る。
尼僧達の啜り泣く声だけが聞こえる中、そっと長い睫毛が開かれた。
「参ろうか」
寺を振り返らず、毅然と籠へ乗り込む未涼。
その漆黒の瞳は、何も映さず深い闇に沈んでいた・・・
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