第81話

壮達一行は参拝に出掛けた折り、偶然来合わせていた尼僧と出会った。


白い頭巾で肌を隠しているため分かりにくいが、宗光とそう変わらぬ若さ。


物静かな佇まいと、その冴えざえとした黒い瞳に壮は息を呑んだ。


経を読む深みのある声と、優しく微笑む白い美貌に、宗光も頬をゆるめている。


聞けば、まだ若いが公家の出の高名な僧侶だとか。


しかしこちらは天下の将軍、手に入らぬものがあるものか。



壮は早霧を使い、僧侶を大奥へ招いた。


気が進まぬ様子であったが、無下にするわけにもいかず、僧侶は侍女を連れ大奥を訪れた。


華やかな京とはまた違う、整然と整えられた庭園や城のしつらえを眺めながら、僧侶は座敷へと通された。


昼間から酒を勧められ、うんざりしながら断るが、院の隣にかしづく、壮絶に美しい女中の目が恐ろしい。


「未涼と申したか、そなたに側室として上様に仕える事を許そう」


「・・・側室?」


院から直々の命があると聞いてはいたが、あまりの話に思わず未涼は吹き出した。


「何のお話かと思いましたら、冗談にも程がありますわ」


「実壮院様に向かって、無礼だぞ!」


女中の鋭い怒号が飛ぶが、噛み殺そうにも笑いが込み上げる。


「私は俗世を離れ仏門に生きる身、それを側室だなどと・・」


院は何か言いたげに微笑むのみ。


「上さんの命とは考えにくいし、お江戸のお女中さん方は物好きな事で・・」


長い睫毛を伏せ、口元を隠して笑う指先までが美しい。


小馬鹿にした態度をとる、聡明で自尊心の高い尼僧を壮は見つめた。



その高慢な美貌が、どんな表情で泣くか。

どう哀願しようと覆せない現実を、どう受け入れ膝まづくのか。


考えるだけで込み上げてくる笑みを、壮は噛み殺した。


未涼の態度を咎めず、ただ含み笑いを浮かべる院が薄気味悪く、未涼は早々に大奥を後にした。



その後幾度にも渉り、未涼が滞在する寺に、奥入りを促すための使いが送られた。


貢ぎ物や金子がいくら届こうと、鼻であしらい続ける未涼。


壮が直々に寺を訪れた際も、読経の最中だと顔も出さず、頑なな態度を貫いた。

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