二、尼僧
第80話
大奥の離れにある小さな屋敷、毎晩遅い時刻まで灯りが燈るその部屋。
「未涼殿」
そっと襖を開けると、いつものように小机に向かい書物を広げる姿があった。
小さな灯りの元膝を崩して、未涼は訪れた早霧を振り返る。
下ろしたままの黒髪が、白い首筋にさらりと流れるのが妙に艶めかしい。
やっと襟足まで伸びたという髪と、影を作る長い睫毛がどうにも胸を擽り、早霧はそっと目をそらした。
「壮様がおいでになる」
「・・分かった」
読んでいた書物を閉じ、そのままぼんやりと佇む未涼を眺め、早霧は小さく告げた。
「上様へのお目通りも近いとか」
「・・・・」
未涼は表情を変えずにただ目を伏せ、羽織をそっと肩から滑らせた。
白い夜着を纏った、壊れそうに細い肩から目が離せずにいると、
「湯を使いたいんやけど」
そう言いながら襟元に這わした、未涼の指先の動きに我に返り、早霧は駆け出すように部屋を後にした。
何度顔を会わせても、出会った日の未涼の姿が頭から離れない。
全てが変わったようで、深い闇に沈んでしまった、瞳の色だけはあの日から変わらない。
将軍となられる宗光公の生母、実壮院。
またの名を壮とも。
元々は大名の側室、大名の没後落飾して長い年月の後の大出世。
まだ年若い息子と共に、意気揚々と大奥入りしたは良いが、まだまだ前将軍の正室や生母が幅を利かせていた。
一刻も早く将軍に世継ぎを持たせ、実権を手にしたい。
壮は焦っていた。
側女として使っていた女中、早霧を御内証として仕えさせたが、将軍はまだ幼く女への興味も薄いとか。
身体が丈夫ではない宗光に、無事子が出来るまでは、どんな手をも使うつもりの壮であった。
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