第78話

奥入りした緒月の養母となった、先代正室のひろむ。


人柄が良く穏やかで、生真面目な緒月の性質には好感を持っていた。


政治に全く携わらなかったゆうひの、唯一の意思でもある後継者。


ひろむは、責任を持って見守り続けるつもりでいた。



宮家からの、五箇条の申し入れについては聞いていた。


分からないでもないが、皇女には将軍家に嫁ぐという覚悟を叩き込まなければならない。


身に覚えがある分胸が痛むが、その覚悟がなければ逆に耐えられないはず。



・・・気位の高い姫君をしきたり通り扱えない事になれば・・・瀬奈が戻るのだろうか。



ひろむはふと、瀬奈に食って掛かっていた自分を思い出す。


珍しいものを見るように笑っていた瞳や、私が手解きをすると囁いた声。


強く抱かれながら重ねた唇の感触を思い出し、ゾクッとその身を抱く。

しばし訪れる生々しい記憶に、ひろむは身を震わせた。


焦燥と同時に訪れる、まだ見ぬ御台所への嫉妬にも似た思い。

抱いた事のない感情は、ひろむを悩ませていた。



どんな姫が嫁いでこようと、責任を持って躾けようと思った。


たくさんの書物と格闘する、まだ若き将軍のためなのだと自分に言い聞かせながら・・・



凰稀達、宮家の一行が長旅の末江戸に到着した。


幕府の権威を見せ付けるかのように送り込まれた迎えの行列。

対抗するように大勢で列を成す、京からの一行。


輿入れの話が決まった後、凰稀の元には緒月からの文と贈り物が幾度も届けられた。


最初は封も開けずにおいた凰稀であったが、文に記された文字の流麗さに目を留めた。


無理な降嫁を承知した凰稀を気遣う文面に、武家の男にしては気が利くとは思ったが、胸が踊るには程遠かった。



垂髪に袴姿で現れた凰稀達一行を出迎えた、真咲率いる奥女中達。


凰稀の、部屋と庭園の設えを全て京風に改めるようにとの第一声に、真咲は溜息を吐いた。


瀬奈の指示の元で、輿入れしてきた女達を扱うのとはわけが違う。


はんなりとした美貌に似合わず気の強い凰稀を、江戸のしきたりに従わせなくてはならない。


将軍生母である壮の扱いだけで手を焼いている真咲にとって、凰稀の輿入れは重い重責でしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る