第77話

元々緒月の屋敷に仕えていた早霧は、壮の奥入りに伴い、同行して大奥へ上がる事を命じられた。


若き藩主である緒月とその生母に面識はあったが、将軍への即位や大奥入りとは、寝耳に水であった。



緒月は名ばかりの藩主ではあったが、その才覚と人柄は多くの人を引き付けた。


背が高く精悍な姿に、傍仕えの女達は皆心を奪われたが、好色さの全くないところが、母である壮の悩みどころでもあった。


鳥や魚を餌付けをしたり、茸狩りに精を出したり、少年らしく野山を駆け回る。

それでいて、書や学問にも熱心。


幼い頃から周りを大人に囲まれ、気が小さいところもあったが、その素直な気質から誰からも愛される人物であった。



壮は、早霧を緒月の傍女へと考えていた。


自分の言う事を聞き聡明、そして何より美しい早霧を側室に上げ、世継ぎを持たせる。


まだ若いが、体の弱い将軍の世を磐石にするための策だった。


聞けば幕府の政権も危うく、いつ討伐されるかという時世。

自分の立場も、安穏としていられない事は理解していた。



大奥に上がり、最初の寝所の相手として早霧を遣わせた。


壮は早霧の想いに気付いていたし、自分の息の届かない側室や正室よりも先に、世継を身籠れば言う事はない。



翌朝、何も語らない早霧を見兼ね緒月に尋ねると、自分が手を付ければ早霧は一生大奥から出られなくなる。


大切な侍女である早霧を、そんな風に縛りたくないと微笑んだ。


これほどに美しい女を前に、穏やかに笑っている緒月に壮は頭を抱えた。



それが壮の、行き過ぎた側室探しに拍車を掛ける発端となったとか。

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