第76話

「五箇条だと?」


徳川家への降嫁に対し、凰稀の身分を守る為の条件を突きつけてきた宮家。


宮家から使わされた書状を手にし、壮は震える手で扇子をへし折った。


大奥でも京風の暮らしを続けるだの、年に数回の宿下がりをさせろだの、挙げ句に呼び名には宮様を付けろと・・


「将軍家を下に見るつもりか!」


憤る壮に、苦笑する早霧。


「天皇家の皇女・・所詮は世間知らずな姫君です」


「そうだな・・」


壮は書状を懐へしまうと、面白そうに笑った。


「五箇条、確かに承ったと伝えておけ」


「かしこまりました」


「それから」


声を潜め、早霧の耳元で囁く


「今日は未涼のところへ行く」


「壮さま・・」


呆れたように溜息をつく早霧に、壮は鮮やかな微笑みを見せた。


まだ娘といえる時分に子を産み、夫を亡くし尼僧として過ごしてきたが、元々は華やかな性分。


「私は美しいものが好きなのだ」


未だ艶やかな肌を頭巾に隠しながらも、新たな大奥での暮らしは壮にとって新鮮だった。


「髪も伸びたし、そろそろ上様にお目通ししても良い頃だろう」


早霧は黙って頭を下げる。



大奥の離れに幽閉されている未涼の素性が知れたら、お優しい上様は心を痛めるだろう。


悲しくも、美しい僧侶に心を傾けられるかもしれない。


壮の手に墜ちても、決して屈せず白いままの僧侶が怖かった。


早霧は、緒月の微笑みを思い浮かべ目を伏せた。


緒月に関わる女が増えるたび、黒ずんでいく自分が悲しくもあったが、もう戻れないところまで来てしまったのか。

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