第72話

黙る真咲に業を煮やし、りおは早霧に下がるよう命じる。


「真咲様はお忙しい、また日を改めるように」


早霧は案内の女中に促され立ち上がり、真咲を振り返る


「まさお・・・また後ほど」


そう言い残し、座敷を後にした。


瀬奈と同じように真咲を「まさお」と呼んだ。


言い返さない真咲と、何よりも絶句するほどに美しい早霧に気後れしている自分が嫌だった。


何か言いたげに、拳を握りめるりおに苦笑し「昔の知り合いだ」とだけ告げ自室に戻る真咲。


その背を追いかけ、肩を掴み止めたい衝動が抑えられない。


きつい言葉でなじってしまうかもしれない。


大任を負った真咲を補佐する立場でありながら、渦巻く暗雲を拭いきれずにいるりおであった。




数日の後、早霧と共に大奥入りした将軍生母の一行。


実壮院・・・壮は大名の側室として子をなしたが、大名の死により若くして落飾し寺院で隠居暮らし。


実子の即位により、江戸へ返り咲いたわけだが・・・



大勢の侍女を侍らせ、機嫌良く列を成す一行の騒ぎ振りを耳にし、眉間に深いしわを寄せる真咲。



離れた部屋でその騒ぎを聞いていたひろむもまた、眉間に触角を立てていた。


将軍養母となり、城や奥での振る舞いを歳若い将軍に指南する務めがある。


「とうとう来はった」


奥に介入するつもりはないが、穏やかにはいかなそうな予感にひろむは小さく溜息をついた。



一つの時代が過ぎ去り、余韻に浸る間もなくすぐに次の世が訪れる。


数日後、正式に新しい将軍徳川宗光の即位が公にされた。


徳川家で唯一、一途に愛し合ったという新将軍と宮家の姫君。


瀬奈を欠き、荒れる大奥と幕末への動きはまた別のおはなしで・・・



大奥 第十話 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る