第71話

翌朝、将軍の出陣かのように盛大に見送ろうとする城の者を無言で制し、瀬奈は静かに城を後にした。


黒と白の犬に纏わり付かれながら、部屋から瀬奈を見送ったひろむ。


瀬奈の不在は淋しくもあるが、託された大切なものと、必ず帰るという言葉を胸に待とうと思った。


瀬奈への言葉に出来ない想いに心を馳せ、答えを探すにはいい時間なのかもしれない。




「真咲様、実壮院様の侍女がお目通りを願っているそうです」


部屋で書物に目を通している真咲の元に、りおが告げに来た。


将軍生母である実壮院の奥入りまでは、まだ日があるはず。


瀬奈が大奥を去り、その任を仮にではあるが受け継いだ真咲は、将軍一行の奥入りの準備に追われていた。


予定にない侍女の来訪など迷惑以外の何物でもなかったが、最初から波風を立てる事もないと思い時間を作った。



座敷の上座に着いた真咲の元へ現れた侍女、というにはあまりにも美しい女の姿に、傍らに座るりおは目を見張った。


白地に浅葱の友禅を施した格の高い打掛を羽織った、抜けるように肌の白い女は真咲に艶然と微笑みかけた。


「早霧・・・?」


驚いたように声を掛ける真咲と、懐かしそうな笑みを見せる早霧と呼ばれた女を、りおは交互に睨みつける。


「このような形で再会するとは・・・不思議な縁だな」


完璧といえる美しい輪郭と、突き刺すように涼しげな瞳。


隙なく美しい唇で、親しげに「真咲」と呼びかけるのが許せなかった。


「こちらは大奥総取締代行を為される真咲様、立場を弁えられよ」


低く告げるりおを、正面から見返す早霧。


「私は将軍御生母で在らせられる実壮院様より、全ての実権を託されている」


「・・・・・」


「奥女中達を取り纏めるのは結構だが、我々への関与は控えて頂く」


「奥には奥のしきたりがある、無礼だぞ」


「早霧・・・」


早霧の鋭い眼差しを受ける、真咲の漆黒の瞳は表情を変えない。


「大奥の主人は上様の御正室」


例え御生母であろうと、奥では先代の御台様の方がお立場は上。


どう吼えようと、大奥の全てを取り仕切るのは御台所付きの女官と決まっている事。


それを肝に銘じて、上手くやって欲しいと諭す真咲の言葉を聞いているのかいないのか


「実壮院様にお出しする、諸国の銘酒を常に切らす事のないように」


「・・・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る