第十話 旅立ち

第69話

次代の将軍が江戸入りした。


ゆうひに実子がないため、養子として迎えられた将軍は、まだ少年といえる歳若さ。


大奥には束の間の休息が訪れていた。


お目見え以下の女中達は宿下がりする者も多く、いつになく静かな穏やかな日々であった。



表向きの勤めから退いた瀬奈は、しばらくのんびりしていた様子。


稀にその姿を見つけてしまうと、どうにも冷静ではいられないひろむだった。



記憶が蘇るたび崩れ落ちそうになる程、幸せで悲しい時を過ごした夜。


何度も繰り返された「終わり」という言葉を胸に刻みはしたが、その姿を目にするたびに壊れそうになる鼓動は、ひろむを重く悩ませた。



瀬奈が江戸を発つという話を聞いたのは、それからしばしの後であった。


分かっていた事ではあったが、胸が凍えるように痛む。


長年大奥に君臨していた瀬奈の旅立ちは、将軍の代替わりをも凌ぐ、大奥の一大事であった。


瀬奈の旅支度で落ち着かない日々、いつその日が来るのかと、ひろむは不安な日々を過ごしていた。



「明日、江戸を発ちます」


瀬奈が挨拶に訪れたのは、出発の前日の朝だった。


「京へ向かうとか」


宮家の姫を正室に迎えるという話があり、その関係で瀬奈が京へ出向くのであろう。


「はい、その後更に諸国へと下る予定です」


「・・どれくらい?」


「・・・期間は分かりませんが、必ず戻ります」


外で過ごせばあっという間に流れる時も、大奥から出られないひろむにとっては永遠にも思える年月ではないのか。


瀬奈の穏やかな視線に、ひろむの表情が歪む。


そんなつもりはなかったのに、涙が溢れて止まらない。


俯き、手の甲に涙の粒を落とすひろむの傍らへ寄り、瀬奈はそっと抱き寄せた。


「そんな顔しないで」

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