第65話

将軍の埋葬を終え、落飾の儀式を翌日に控えた夜、ひろむは部屋を出た。


あの夜、震えながら進んだ廊下を一人で歩く。


離れにある寝所を過ぎ、中庭を出た先の独立した屋敷に瀬奈の部屋があるという。


白い玉砂利の美しい庭から屋敷へ進もうと、砂利に足を踏み入れると、ズルッと草履が沈み足首まで埋まる。


「うわっ」


足をとられ、砂利の中に倒れ込むひろむ。


ふと見ると屋敷の小窓が開き、驚いた顔をした瀬奈と目が合った。


「一体どうされたのですか」


深夜に供もなく一人で、砂利にまみれたひろむを見て、屋敷から出てきた瀬奈は目を見開く。


「なんなん?この砂利は」


少し笑った瀬奈は「あなた様のような侵入者を防ぐ為に」と。

同じ砂利でも沈まない位置が分かっているようで、瀬奈は倒れたひろむを抱え起こす。


「お部屋へお送りいたします」


そう言う瀬奈の瞳を見つめ、ひろむははっきりと告げる。


「いや、お前の部屋へ来たのだ?」


「え?」


「逢いたい時は、私が行くと言ってあったはずだ」


「・・・」


何も言わず、瀬奈は自分の部屋へひろむを通した。



突然訪れ、瀬奈を驚かせるつもりであったのに、予定が狂ったひろむは焦っていた。


小さな灯りのついた部屋の奥には、白い煙が揺れる煙管と、読み掛けの書物が置かれていた。


鼓動が高鳴るのを気づかれないよう、瀬奈に話しかける。


「それ、あの夜も吸っていたな」


「・・・」


瀬奈は燃え尽きた灰を、煙管箱に落とす。

その様子をじっと見ていたひろむは「私にも」と。


首を振る瀬奈に「いいから」と強引なひろむを、出会った頃のようだなと思い出す。


再度火を点け煙管を咥え、そしてひろむに手渡す。


瀬奈をじっと見つめながら唇を開くひろむを見ていられず、思わず目を反らす。


案の定煙にむせ、咳き込むひろむから煙管を取り上げ背中を擦る。


「瀬奈・・・」


俯いた小さな背中に触れながら、瀬奈はひろむの言葉を待つ。


「確かめたいんだ」


「何を?」


下を向いたまま小さな声で囁くひろむの言葉は予想がついていたが、それでも瀬奈の声は震えた。


「あの夜の事がずっと忘れられなくて」


「・・・」


俯いたまま、必死で言葉を探すひろむが愛おしくて、その両肩に手を滑らす。


「もう一度」

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