第64話

越乃の隣で何も話さず目を伏せていた瀬奈は、ひろむに話しかけられ初めて視線を上げた。


「私はしばらく退き、真咲に総取締代理を任せるつもりです」


そうだろうとは思っていた、ひろむは唇を引き結び目を伏せる。


ゆうひのいない奥に瀬奈は残らない、そんな気がしていた。


「御台様付きには、もりえ達とりおを残します」


「・・・りおは、真咲の元に残してやってくれ」


「・・・」


ひろむと瀬奈の不自然な様子に溜息をついた越乃は、ひろむに告げる。


「上様のご葬儀と埋葬の後日、御落飾の儀式がございます」


「分かった」



数日にも及ぶ将軍埋葬の儀式。

葬列を進みながら、ひろむは輿入れした日の事を想い返した。


籠に乗せられ、長い列を組んで江戸を目指した日。

婚儀の前夜、真咲とりおに連れられ離れの寝所へ歩んだ廊下。

顔も知らぬ将軍との婚儀の列・・・


自分の意思で歩んでいるつもりだったが、いつも誰かの後を着いて歩いていた。


この葬列を最後に俗世を離れ、自分も独りの道を歩む事になる。


ずっと付きまとうであろう想いを抱え、一生を過ごすのか。

確かめられなかった想いに蓋をして、自分に嘘をつきながら生きていく。


・・・ひろむは嘘をつかなかった、と笑ったゆうひの顔を思い浮かべると胸が痛くなる。


嘘をつく相手は一人だけでいい、ひろむはそう思った。


大奥へ入った最初の日から、ひろむの胸を占めていたのはずっと一人ではなかったか。

憎しみも涙も、そして未だに答えの分からない苦しい想いも。


まだ傍に居る気がするゆうひは許してくれるだろうか。


例え許されなくても、全てが終わる夜に自分に嘘を吐きたくなかった。

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