第61話

「私の容態の事は聞いたか?」


いいえと首を振りながらも溢れ出す涙、嘘がつけないひろむの姿に、声を出してゆうひは笑った。


流れる涙を拭いながら、辛い思いをさせてすまないなと。


ゆうひはひろむの腕をぐっと引き、抱き寄せる。


「こうしていると痛みも忘れる」


本当に危険な状態なのかと思うほどに強い力で抱かれながら、座ったゆうひの上にもたれている事に気づき、負担になるのではと身じろぐ。


「横になられた方が」


ゆうひはひろむの髪を撫でながら、再び静かに笑う。


「床の中では、抱かせてもらえないかもしれないからな」


ひろむは身を固くし深く俯きながら、すみませんと囁く。

瞳を伏せ何度も謝るひろむの顔を上げさせ、その辛そうな表情に、どうした?問う。

ひろむは、意を決したようにゆうひを見つめる。


「婚儀の前の夜からずっと、上様を裏切っていました」


「・・・」


「上様とお床を共にしながら、別の事を思っておりました」


「あさこだろう?」


「・・・」


「たった一夜でか」


恥ずかしそうに俯くひろむの顔を見て、ゆうひは心底「悔しいな」と呟いた。


ゆうひの腕から逃れ、深く頭を下げ謝るひろむ。


「愛しているのか?」


顔を上げ、一瞬悲しげな表情を見せたひろむは、それでもはっきりと告げた。


「はい」


そっと笑って目を閉じたゆうひに、ひろむはすかさず続ける


「ですがこの事は、どうか瀬奈に仰らないで下さい」


「なぜだ?」


「あの人は・・」


決して自分を愛する事はないと呟くひろむを、ゆうひはもう一度強く抱く。


「想いは、告げないのか?」


腕の中で首を振るひろむを見つめ、何か言おうとするがふと口を噤む。


俯いたひろむの顔を上げさせると、その顔を見つめたまま唇を塞ぐ。

このまま息が絶えれば良いと思いながら、ゆうひはひろむの瞳を見つめた。


死の淵を彷徨う状態なはずなのに、熱い血が全身を駆け巡る。

逸る鼓動に苦しさを覚えながらも、ひろむの温もりと香りを感じる幸せに酔った。


苦しさか拒絶なのか、胸を押し返すひろむ。

苦笑しながら、ひろむの目を真っ直ぐ見つめてゆうひは言った。


「ひろむは一度も裏切ってはいない」


「え?」


「言葉も身体も、一度も嘘をつかなかった」


「それは・・・」


「そんなひろむだから好きになった」


「上様・・・」


「愛してる」

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