第九話 別離

第60話

大奥を襲った火事の真相は伏せられたが、幕府に迫る暗雲はじわじわと江戸の街を曇らせた。


即座に開始された修復作業のため、出入りする男達の姿に賑わう大奥の女達。


騒ぎに紛れ姿を消した数人の庭師に、気づく者はいなかった。


焼失を免れた屋敷での仮住まいが整えられ、意識を取り戻したひろむは、顔を合わせた全ての者に酷く叱られた。


夢中で、火に飛び込んだ事など覚えていなかったが、それを追おうとしてゆうひが倒れたと聞かされ青ざめる。


騒ぎを仕組んだ大和に当身を食らわされた事までは覚えているが、その後どうしてここにいるのか。

瀬奈に抱えられ救い出されたと聞き鼓動が上がったが、その姿が見えない事も気になった。



ゆうひの寝所が用意された城側の座敷に呼ばれたひろむは、瀬奈から容態を聞かされ声を失った。


長い間患っていた病は最早手の施しようがなく、痛み止めの処置をするばかりの状態だとか。


「なぜもっと早く知らせてくれなかったのだ!」


「御台様の御輿入れからこちら、見違えるようにお加減が良く・・・」


ご回復の見込みがあるのではと、万に一つの少ない望みに掛け治療を続けてきたと。


だが今回ばかりは覚悟が必要だと聞かされ、ひろむは身体を震わせた。


「覚悟って・・・お命の?」


持病の治療があるとは聞いていたが、ひろむの前では体調の悪い顔など見せた事がなかった。


「あなたと居るときだけは、病も忘れてしまうといつも仰っていました」


顔を覆って泣き出すひろむをを促し


「泣かないで、上様に元気なお顔を見せて差し上げて下さい」



寝所にひろむの訪れが告げられると、床に起き上がろうとするゆうひ。

医師や越乃に止められるが、大丈夫だと制する。


ゆうひは瀬奈に伴われて現れたひろむの姿に目を細め、人払いをする。


顔色の悪いゆうひの傍らに膝をついたひろむは、何も言えずただその手を握る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る